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妻の片手がソファに沈む。
少し固くて、人工の皮で、手触りが気持ち良さそうだった。
クーラーで冷えた店内に陽気な海辺のサンバが鳴り響いていた。
妻の声は通らず、隣の息子にだけ届くように耳元に囁いていた。
息子は終始秘密話をする様に、口元を隠した。
二人の秘密は永遠に秘密であるように。そうある為に。
僕は二人を少し離れた場所から見て、いた。
だから、二人の話がどんな「秘密」なのか、分からなかった。二人の「秘密」に入ることができなかったが、入らなくても良いとも思えた。
雨の臭いがした。窓から見える雲は重く、間も無く降られるかもしれない。雨が降るので、僕は早く出なければと思って、二人を見ていた。手元の珈琲が冷めている。
不意に妻は息子の髪を耳にかけた。
まだ、幼い息子の耳が現れた。
息子はまた、少しだけ若返っていた。
併せて妻もほんの少しだけ若返っていた。
頼んでもいないシュガードーナツが目の前に置かれた。
時計が左に回る。
時計が。
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