阿蘇 大鯰

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 御池参りとは、阿蘇(あそ)(さん)に古きより伝わる俗信である。  社の裏手より噴火口に至る道には深い谷と橋がある。そして其の昔、橋を渡った兵がいた。しかし彼は半ばで鯰に道を阻まれ、腹を立て、刀を抜いて切り捨てようとした。刹那忽ち雲湧き風起き、鯰は龍となって天へと昇っていった。これに恐れをなした武士はその場から逃げ出し、病に伏して亡くなった。以来邪な者がこの橋を渡ると龍に阻まれ、橋を渡りきることができないと云われた。そして若い娘たちはこの橋を渡ることで、己の清き身の証としたと云う。 「昨晩、大鯰の子が夢に現れたの。其の子は私にこう言った。我々の仲間が蟒蛇に害されていると。少女らを喰らうたのも其の鬼でしょう。然し私一人で鬼退治は敵わない。猛き我が友よ。どうか共に来て」  彼女は是を肯い、火口の橋へと二人揃って向かう次第となった。  久々知彦は弓と鉞を背負い、五十鈴姫も剣を佩いて橋を目指した。  二人が橋の下を覗き見ると、なんと谷底を埋めるほどの巨大な蟒蛇が這っている。黒瑪瑙を延ばしたような鱗に覆われたその姿は禍々しく、蜈蚣の群れの様に見え、巨大な目がぎょろりと睨み付けた。 「五十鈴姫よ。あれが件のか」  久々知彦は尋ねる。 「然りね。これ以上肥えられては厄介な事になるわ」  (これ)を聞いた久々知彦は浅く頷き、其の場で膝を突いた。哀れな祟り神ではなく禍が運んだ邪龍であることを確めると、彼女は 腰の矢筒より一本の矢を取り出して番え、深呼吸の後静かに弦を引いた。一陣の風が吹き、矢羽が翻る。万力を持って振り絞られた矢は見事に蟒蛇の脳天を貫き、夥しい血が噴出し辺り一面真っ赤に染めた。怒り狂う蟒蛇の尾は崖を砕き橋を崩した。五十鈴姫は咄嵯に久々知彦を抱き抱え、素早く橋から退いた。
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