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橋は忽ち崩れ落ち、蟒蛇は谷から顔を出した。
五十尺の高さを誇るその頭には二本の矢が突き刺さり、血が鱗を伝い小川のように流れ落ちる。しかし蟒蛇はまだ動いており、口からは煙を上げながら牙を見せ付けていた。
久々知彦は髪を一房切ってから鏃に巻き、最も貴き女神に助力を願う。かくて三本目は破魔矢となり、火を噴くや否や、鯰の眼玉に大穴を開けた。蟒蛇の動きは次第に緩慢になり、やがて静かに動きを止めた。破魔矢の衝撃に耐えられず遂に命果てたのである。
彼の遺体は次第に溶岩と化し、谷底へと沈み、二度と浮き上がることは無かった。
久々知彦は鬼退治を終えたことを確信し、弓を背負い直して踵を返した。
その時、背後で何者かが動く気配を感じた。振り返ると、そこには一人の男が立っていた。男は鯰の化身を名乗って言う。
「此度は吾々を助けてくれて感謝する。礼は何としようか。尽きぬ金銀財宝か。それとも途絶えぬ絹織物か」
久々知彦は男の言葉を聞いて、首を横に振ろうとした。しかしふとあの蟒蛇に喰われた少女らを思い出し、面を上げてこう言った。
「では、貴方方と共にあの少女らの魂を祀りたく存じます。あの谷に残してはおけませぬ故」
是を聞いた男は一瞬呆気に取られた顔をしたが、すぐに笑い出して諾った。そして刹那眼を放した隙に姿を消し、二度と現れることはなかった。
阿蘇山を下りた久々知彦らは、草部男王に蟒蛇の件を奏上した。
話を聞いた彼は直ぐに阿蘇山の北東に立つ祠を立て、鯰と少女らを祀らせた。それは今は鯰社と呼ばれ、地元の人々は鯰を食べぬよう誓ったという。
また茂賀の浦が鯰らで守られるようになったことに、久々知彦は満更でもない様子であったという。
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