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「もしもし〜、あたし〜」
彼女は電車の通路の中央で仁王立ちのような格好で居た。
耳にスマートフォンをあて、誰かと話しているようだ。
髪はストレートで艶があり、背中まで伸びている。
彼女の傍を通り抜けた男性であれば振り返ってしまうほどの艶やかさであった。
「あはっ。なんか、うるさくてごめんねー」
電車にも関わらず、大きめの声で話している。
マナーという点では彼女は違反者であったが、彼女の出立ちが堂々としていたせいか、周りは注意をしなかった。
いや、それどころでは無かったのだ。
ズギューン!!!!
銃声が響き、目の前の男性が胸を押さえて倒れ込む。
ドギューン!!!!
彼女の脚元に、妙齢の女性が倒れ込む。
その女性の流血が車内の床に広がり始める。
ゆっくりとゆっくりと。
立っている彼女の靴は赤い海の中へ。
「なんかぁうるさくて、ごめんねぇ」
きやぁぁぁ!
この車両の奥の人が、また撃たれたようで、電車の中吊り広告にその返り血がかかる。
「文春砲 汚れた銃弾」と表題になった話題の文字が、本当に血で汚れ読めなくなる。
うぎゃぁぁぁ!
胸に「シェティ」とネームプレートをつけた、在日の東南アジア人が頭を撃ち抜かれて倒れた。
仕事着のまま帰るつもりだったのだろう。
「ほんとぉ…うるさいわよね〜」
彼女は開いた脚を今度は交差して、頭を少し横に倒しながら、電話を続ける。
その間にも車内では、続々と人が倒れていく。
右斜め前の男性。吊革を持つOL。帰宅中の学生たち。
若い女と、おじさんのカップル。
バタバタと撃たれていく客の中、その中央に立つ彼女の白いアウターは、客の返り血を浴びて斑点模様になっていた。小脇に下げた、ルイヴィトンの小さなバッグも汚れていく。
そんな中でも彼女は意に介さないよう、遠くを見つめて話し続ける
凡ゆる人々が撃たれ、倒れ、死んでいった。
電話口の彼女の友人が訊く。
「あなたは何故やらないの?」
彼女は応えた。
「だって、私はその人間と向き合いたいもの。言葉じゃなくてね」
長い脚をもう一度元に戻して、自分の降りるべき駅を見つけたのか、彼女は周りの阿鼻叫喚を聞き流して扉へ向かった。
車内には、スマートフォンを片手にした死体の山が築かれていく。
「まもなく、有楽町~。有楽町」
誰も降りることが出来ない中、彼女の足音だけが地下鉄の空洞に反響していた。
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