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カラオケの曲
かつて世界には「カラオケ」という生粋のエンターテインメントがあった。「カラオケ」それは、空(から)オーケストラの略称である。これは本来、音楽業界の用語で、歌手の方が練習するときや、レコーディングの時に、歌のところのトラック抜いたデータのことをそう読んでいた。本当にそうやって歌をつくるときにやっていたことを、誰かが一般の方にも需要があるのではないだろうかと始めたのがカラオケだそうだ。さて、私が生粋のエンターテインメントといったのには理由がある。その競技性において、エンターテインメントであったということだ。かつてね。
私はあえて言い切る。カラオケとはつまり、上手さを競い合う競技ではなく、どれだけ相手に知らない曲を歌った後、「この曲知らないけど良い曲だね」と言わせるかという『マウンティング競技』であったということだ。
え? 違う?
違う! 逆に、否定をしてやるよ。私は本当に君たちに教えてやりたい。私が、【かつて】世界にはと言いきった深い哀しみを。
いいか! うまいなんてのは、本来、アーティストに任せればいいんだよ!!! 怒ってるんじゃないんだよ。哀しんでいるんだよ。魂のカケラ、そうカラオケを始めた人達の気持ちを思ってね。カラオケを勃興した人達の「魂のカケラ」なのさ。あんたたちが踏みにじってるのは。うまいひとを称賛し、讃えあげることでさ、彼の彼女の気持ちを踏みにじっているんだよ。どうしてか?
冒頭で書いたよね「一般の人のために」とね。
一般人ってなんだよ。私たちだろう? あなただろう?
上手い人はさ、もう、一般人じゃないんだよ! 凄い人なんだよ!
分かるか、私たち、大衆のために渡された、あの光り輝く番組や舞台の世界から、この酒や笑いや愛嬌のある世間へと「歌うこと」を繋いだ愛の架け橋。それがカラオケなんだよ。だからさ、今の時代はもう、カラオケは死んだんだよ。死んだんだ。
今日はその話をするのを止めておこう。今度いつかきっと君たちに愛の在ったあの時代のことを話してあげよう。いいか、一般人だって人間なんだよ。間違えてるぜ。この世界はさ。
さて歌番組絶世の時代。お茶の間が世の中にあったとき。カラオケはまさに市場を席捲していた。ほとんどの人々がカラオケに興じていたのだよ。その時、カラオケの部屋では密かにこんな戦いが行われていた。
どれだけ相手に知らない曲を歌った後、「この曲知らないけど良い曲だね」と言わせるかというマウンティング競技であったということだ。
うん。二回書いたよ。まあ、いいじゃん。気にするな。
さて、戦闘にはいつも武器が必要だ。自分の手持ちの興味を武器として、磨くんだ。そして、次に必要なのは戦略だ。自分を知ったあとは、相手を知ることだ。今日の競技相手たち(一緒に行く人)のプロファイリングをする。年代、性別、それから好きだと言っていたアーティストだ。自慢じゃないが私は相手のことをすべて手帳に記帳している。情報は勝利に導くための重要な武器の一つである。
今日の競技相手は西村、河野、そしてゆみちゃんだ。
西村、お調子者で人気者の意識が強い。くせに、孤独を演出する男だ。こいつは有名な曲をしっかり歌うやつだ。つまり、敵ではない。
問題は、河野だ。河野は好きなアーティスト、GLAY、ラルク、ミスチルあたりを深堀してくる。つまり名曲かつファンしか知らない曲を持ってくる。やっかいだ。しかも歌いこむ。こいつがマイクを持って動くときはかなりシビアに戦わなければならい。
そして、重要なのがゆみちゃんだ。ゆみちゃんは若干まるっとしているが、目が二重でくるんとしていて、ツインテールにしていて、髪をちょっと明るい色にしている、所謂クラスの上位層だ。可愛い。この子のハートをつかむことが本作戦の目的かつ勝利の条件である。
さて、彼女の好みだが、リサーチかつ私の手帳によるとX Japanとなっている。となると、そっち路線で攻めるのか……いや、私はそっちは好きではない。となると……「見えた!!!」
一筋の勝ち筋。すなわち曲の選曲のLINEだ。これをするしか無い。
決戦当日 某カラオケ店(1999年4月24日)
西村の第1手:GLAY「HOWEVER」
現在チャートでも最右翼であろう。とにもかくにも一番に歌うには良い選曲だ。まあ、悪くない。
河野の第一手:FIELD OF VIEW「DAN DAN 心魅かれてく」
歌われた~と叫びながらも、次の曲がしっかりと我々の心を浮か美上がらせる無難かつ素敵な選曲である。それでいながら、自分の持ち球を温めておく戦略。やはり、厄介な相手だと感じた。
ゆみちゃん第一手:DREAMS COME TRUE「LOVE LOVE LOVE」
はい。やってきた。名曲で男性陣の耳目を完全に集める作戦だ。さすがだ。ここまでのあざとさ。悪くない。悪くない。武者震いがしてきた。君を私のものにするのは、やはり私であると思わずに居られない。
俺の第一手:LINDBERG「今すぐKiss Me」
次の曲が表示された時の「おお」小さな感嘆をゲット。あはは。そうだろうそうだろう。これを入れた時点で、勝利への道が見えている。あはは。お前ら膝間付け。今日は私の日だ!! 男性がこれを入れると思わないからな。
「すごい、この曲。久々~」
ゆみちゃんが感嘆の声をあげる。と思ったら、マイクの2本目を西村が持つ。そうだ、いいぞ、ここはカラオケ。競技場ではあるが、一緒に輪舞を舞うべき場。私は西村と目を合わせて呼吸を合わせる。いいぞ。いいぞぉ!
「てか、久間木。お前、キー合ってないって」
ん? 西村。今それ入らない。そういう、現実の感じいらない。もっと踊ろうぜ。
「ほんと、久間木くん選曲はいいんだけどね。声出てないよねww」
違う、ゆみちゃん。そうじゃない。
「まあ、いいじゃん。楽しもうよ」
河野は長めの前髪をいじりながら、ぼそっと言った。
あはああん!! 好き。好きだよ。河野!!
その日、全・久間木が河野の歌声に泣いた。
で、結局なんの話でしたっけ?
「あれ? ゆみちゃんと河野、一緒に帰るの?」
「ん? 久間木、知らなかったけ? あの二人付き合ってんだよ?」
はい。
お後がよろしいようで……
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