9人が本棚に入れています
本棚に追加
丁度二年前の八月三十一日。
最初の約束は“死なないこと”だった。
「君がエニィ?」
指定された駅は自宅の最寄り駅から七つ離れた大きな駅で、言われた通りに北口の銅像の前で彼を待っていた。
でも、現れたのは知らない男だ。
モノトーンの柄シャツのせいなのか、高そうなサングラスのせいなのか柄が悪そうに見える。
「……誰?」
「あぁ、俺は千葉。深理に頼まれて君を迎えに来たの。あいつ今稽古中で、もう少し掛かりそうだって」
「……そう」
「聞いてたけど、マジでテンション低くね? 大学生なんだろ? もっと弾けてるお年頃じゃん」
どう返していいかわからなくて、ただ黙っていると彼は「まぁ、いいや」と前を歩きだした。
「……どこ、行くの? 千葉……さん」
「あ? 俺ん家。とりあえず家で待ってたら良いからさ」
車に乗って数分でアパートの一室に着く。
赤茶色の前髪が頬にかかるくらい長い千葉は、うっとおしそうに掻き上げて雑にヘアゴムで結んだ。
無造作に置かれた雑誌や飲みかけのペットボトル、ベッドの端にはもミクチャになったタオルケットが雪崩を起こしている。
「何か飲む? エニィ」
「……お、お構いなく」
「緊張してんの? 二年ぶりなんだって?」
「あぁ……はぃ」
千葉が僕と深理の事をどこまで知っているのかは分からないが、まさか知らない人の家に初対面で上がり込む事になるとは思ってなかった。
ただでさえ二年ぶりで緊張しているのに、この展開は想定外すぎる。
「俺はさ、君には感謝してんの。あいつが島から戻ってきたのは君のお陰だし、数年ぶりに役者に本腰入れてっから」
そう言って千葉はテーブルの上に麦茶を出してくれた。
「どうも……。でも僕は、別に……」
「まぁ、ブランクあっから、稽古キッツイみたいだけど」
「そうですか……」
「でも、まぁ……友達でいてくれよ」
「え?」
「あんま、勘違いしない方が身の為だよって話。じゃあ、俺ちょっと出てくるわ」
「へ?」
「もうちょいしたら、深理くっから」
まるで通り雨の様に言いたいことだけ言って、千葉は部屋を出て行った。
最初のコメントを投稿しよう!