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「病み上がりに言うのも酷だけどさ、お前、深理の前から消えてくんない?」
「……え?」
「お前、水輝の事知ってんだよな? 確かにお前は水輝に似てるけど、お前は水輝じゃない。あいつは広く浅く誰にも本気にならない癖に、コレと見つけたら執着すんだよ。おいそれと見つからないから、見つけた時のハマりようが異常なの。このままじゃ、お前の動向次第であいつまたダメになるから。大体、人気の役者が男囲ってますなんて、冗談でも笑えないスキャンダルでしょ」
そう言った千葉は嘲笑し、部屋を出ていく。
ようは、邪魔だってことか、と僕も笑いが出て来た。
そうだ。ちょっと舞い上がっていたのかもしれない。
深理と話すのは楽しいし、お互いに励ましたり、悪態ついたりして、僕を必要としてくれているように感じていた。
だけど、深理は誰からも愛される美しい役者で、こんな薄暗い学生なんかが関わって良いはずがない。
深理にとって僕は、水輝さんの身代わりでしかない。
二年前の八月三十一日。
彼に救って貰った事は事実だし、約束は果たそうと思うけど、別に一緒に居なくても果たせる約束ばかりだ。
その日以降、僕はラインも通話もブロックして、深理との連絡を絶った。
最初の頃はやり取りがなくなって喪失感を感じていたけれど、元々僕は一人でやり過ごす事が得意だったから、自分を誤魔化す術は知っている。
二か月後には審査に出していた小説の結果が出たけれど佳作止まりで、次の作品を書き始めた頃、呆然とテレビを眺めていて目を疑った。
“菊川演劇賞主演男優賞 芹沢深理”と言うテロップの向こうで、深理が喋っている。
明るくてよく笑う深理は、多分これからもっと色んな人に愛されて、あの人の魅力を知る人が増えるのだろう。
そう思った途端、嬉しい反面得も言われぬ寂しさが込み上げて来る。
あんなに傍にいて、あんなに距離の近かった深理が、遠い。
「芹沢さんは五年間の空白の後、復帰されたそうですが……」
「あぁ、そうですね。五年間、舞台を降りた理由はトップシークレットですけど、僕が戻ってきたのはある人のお陰なんです。その人とは今連絡が取れてなくて……」
「え? 音信不通ってこと?」
「そーなんですよ。だから今日は公共の電波を乗っ取って、その人に言いたいことがあって」
「何? 今からプロポーズでもすんの? 良いね! テレビの力って凄いんだから」
「ははっ、プロポーズはしないっすけど。でも、俺は約束守ったぞ! 見てたら頼むから、連絡下さい! いいか、連絡しろ! お願いだから!」
そう言った深理は、画面向こう側で席を立ちこっちを指さしていた。
お昼前のバラエティ番組で、深理のわざとらしく必死な演技に周りからは笑いが起こっていた。
名前を言われなくても分かる。
あの強い腕の中で身動ぎしていた自分が、彼を好いていた事など分かり切っていたのに、僕はまた手を振り払ってしまった。
会いたくて、会いたくて――――。
でも彼のこれからを考えれば連絡しない方がいいに決まっている。
「やっと、母さんの気持ちが分かった……」
自分の気持ちと愛する人の立場を天秤にかけて身を引く事の鬩ぎあいの中で、母は壊れたのだ。
会いたいなら、会いに行けばいいのに。
そう思っていた単純で愚かな自分が、母を見下していた事に今更気づく。
隠し子と言う爆弾を抱えた母と、同性と言う爆弾を抱えた僕は、同じような道を辿るのだろうか。あんな風になるのは嫌だと思いながら、彼に会いに行けない僕は、また閉じ籠って元の木阿弥になるんだろう。
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