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その隙に道永は澪田に近寄り、腕を引っ張って風花から距離を取った。首にはくっきりと手の跡と爪が食い込んだ部分からは血が流れていた。
「澪田係長、大丈夫ですか!?」
「…ど、どうなったんだ。」
「小阪田さんが女性と子どもの霊を連れてきました。絢川純也は動揺しています。」
澪田はゆっくりと目を開けて、薄れていく意識の中、ぼんやりと霊の姿を確認した。
「…あれは、絢川の妻と子だ。」
澪田はそう言うとゆっくり目を閉じた。
「え、ちょっと係長!駄目ですよ!起きて!救急車呼びますから!」
すると、玄関から複数の人の足音が聞こえた。
「大丈夫か!?」
現れたのは天粕と本海と救急隊だった。
「発砲音があったと聞いて、救急隊も…なっ!?」
天粕たちは、風花と向き合って立っている半透明の若菜と幸太の姿を見て驚愕した。
「あ、天粕さん、あれ!」
本海は血まみれの澪田を指差した。
「連れてきたのよ、あなたの妻と子どもの霊をあの世から。」
小阪田は純也に言った。
「…あなた。」
「若菜…幸太…。」
「あなた、ここにいたのね。ずっと探してたの…。」
すると、風花の身体から魂が抜けるようにゆっくりと絢川純也が姿を現し、同時に風花の身体は倒れた。
「…俺もだ。俺もずっと若菜と幸太を探してた。見つけることが出来ない苛立ちと悲しみ…押し潰されそうだった。ずっと…ずっと…。」
「もういいのよ、頑張らなくて。」
若菜が純也の手を握ると、純也は静かに涙を流した。
「…愛する家族が見つからない感情が絢川純也を悪霊と化したのかもしれないわ。」
小阪田が純也を見つめながら言った。
「絢川純也…か。」
天粕は静かに手を合わせた。
「絢川純也さん。あなたはもうこの世にいる意味はないわ。家族で一緒にあの世に行きなさい。」
小阪田が言った。
「…だが、俺は多くの人を殺した。家族と同じ場所には行けないだろ。」
純也の呟きに小阪田は首を横に振った。
「地獄や天国は古の人間が救いを求めて創り上げた世界観。死んだ人間を待つ場所は同じ場所よ。あなたたちは離れることはないわ。」
「…いいのか。この俺が…。」
「悪いのは私よ。ごめんなさい。」
小阪田は、大きな数珠を手にして呪文を唱え始めた。
数秒後、三人の霊は光の粉と化し、天井をすり抜けていった。
「…終わった。」
小阪田は力尽きて床に座り込んだ。
「…絢川純也は成仏したのか?」
天粕の問い掛けに小阪田は頷いた。
「天粕さん!澪田係長が!」
本海の言葉に、天粕と小阪田も振り向くと、救急隊が必死に心臓マッサージを行っており、その隣では血まみれの道永が涙を流しながら、澪田の手を握っていた。
「とにかくこのまま病院に。」
澪田は救急隊のスムーズな動作で担架で運ばれていった。
「私一緒に行きます。」
道永は涙を拭いながら澪田を追い掛けた。
残された小阪田と天粕、本海、そして動かない風花の身体。小阪田は風花のポケットにスマホが入っていることに気が付いた。
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