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朝九時という休日には早いだろうという時間に玄関のチャイムが鳴った。
「更田急便です〜」
あれだ。
昨日通販で買ったやつ。
もう着いたのか。
はい、ちょうど頂きました。これ領収書です〜。
「ありがとうございます〜」
バタンと扉を閉めると眠気はもう無かったからいそいそとテーブルの上にその両手でやっと抱えられる荷物を置いた。
昨日、セールでなんと七十五パーセントも割り引かれていたから買ってしまったよコーヒーメーカー。
欲しかったけどなかなか手が届かない値段だったから楽しみだ。
うきうきで明らかに口角が上がっているのも自覚しながらざくざくとずぼらに乱雑に開封した。
中には梱包材に包まれた商品と説明書らしき紙などが何枚か。
「これは……?」
製品を取り出して気づいた、小さな留め具付きのポリ袋が入っていた。
取り出してみると、中には一枚の付箋と何やら錠剤のようなものが入っている。
――明晰夢50%配合錠 こちらもよければ試して見てください!
そのように書かれていた。
スマホで履歴を調べてみたが、販売元は特に怪しい業者ではなさそうだ……。
一体何なんだ? 悪戯か?
……それとも――
ふいに胸の内に不穏な想像が膨れてくる。
まさか、麻薬取引の品だったりして。
そう思うとこのポリ袋も“パケ”とでも呼んだ方が良いのかもしれないが。
でも、普通そんな類のものならもっと有名な隠語とかを使うものじゃないのか?
いささか興味が出てきて、付箋を手にとってみた。
裏にも何か書いているようだ。
――気になるようならばごみ箱へポイと捨てておいてください。
はあ。そう興味を切り捨てるような文言だと余計に興味が湧いてしまうじゃあないか。
俺は頭をポリポリ掻きつつ、起きたばかりでなにも飲んでいないから水を飲もうと台所に向かった。
手にはあの錠剤(?)を握ったままだった。
ああ……。これなぁ。
少し、葛藤する。
まぁでもそうそう危険なものじゃないだろう。ジョークだジョーク。
そう言い聞かせたのは興味を阻まぬため。
いつの間にやら俺はその錠剤を口に運んでいた。
重ねて水を一杯飲んだ。
うん。特に異常無し。
少なくとも、危ないものではなさそうだな。
……でも、
『明晰夢50%配合錠とは』
この命題が頭から離れなくなる。
起きたままで皺が目立つシーツを一瞥してから、ベッドの傍に置かれた鞄に目をやった。
あ、課題が。
大学生がよく使っているデザインのリュックから、空いた口から紙がぺろりとはみ出ていた。
いや、いや違う。
それは会社の資料だ。
あ? ああ……?
おかしい。そうか、これは既に夢で明晰夢なのか。
ふいに俺は自分の脳みそが夢を見ていることを認知した。
そうだ。そういえば買ったのもコーヒーメーカーでは無い。
ゲーム機だ。
居間の方を振り返ると、開封された箱が乱雑に机に転がっている。
あれ?
製品が見当たらない。
確かにコーヒーメーカー、いや、ゲーム機を取り出したはずだ。
おいおいと箱を取ってみると、底の方に紙が。
ゲーム機の写真がでかでかと写ったA4ぐらいのコピー用紙が一枚だけ。
詐欺やんけ。
っておいちょっと待て。
突っ込みが錯綜する。
これはどこまでが夢だ?
俺は、さっきまで確信していたはずの虚構を見せているはずの明晰夢だという世界にいる確証が、劣化しきった輪ゴムのようにほろほろと綻ぶ感覚を覚えた。
明晰夢半分、現実半分ということなのか。
俺はそう、半ば無理やり合点をいかせたが心臓は明らかに頻脈を打っていた。
ふいにスマホが鳴った。
普段連絡していないから珍しい。母さんからだ。
受話すると母は開口一番に嗚咽を漏らした。
号泣しているようだった。
「どしたん?!」
「貴文、が、亡くなったん、よぉっ……」
あ。
貴文が死んだらしい。
その名前は俺のことなのだが。
ということは、ということは、これは明晰夢!
そういうことだな。
「母さん、落ち着いて。俺は貴文だよ」
そう宥めるも、母はわあぁーんと泣き叫んでいる。
しかし次の言葉が少し引っかかる。
「あの子、コーヒー、飲んでいた、ら、心臓発作、起こしたって……可哀想にぃぃぃ……」
コーヒー……。
明晰夢というのは、連続した内容をみたりするのだろうか?
いや、夢を見た事自体はあるさ。けれども連続した内容の夢はみたことがない。
「あのさ、コーヒーが心臓発作と関係あるん?」
死んだ人間らしいが、一応質問してみる。
するとどかんと大きな声がスマホに当てている耳をつんざいた。
「あんた! 仕送りでゲーム買ったんやろ! なんちゅう無駄遣いしてんの」
「わっ! 急に声大きいよ」
「最初から大きいわ!」
待てよ。
仮にこれが現実だとすると、何故母さんは俺がゲーム機を買ったことを知っている?
明晰夢50%とあって、実際に明晰夢ぽい感覚もあるのだから現実も混じっているということじゃないのか?
一体どうなってるんだ。
やっぱ飲まなきゃ良かったかもと思いながら、母に適当に謝ってそそくさと電話を切った――。
――119
切る前に一瞬番号が見えた。救急ダイヤル……?
あ。
いや、これは違うぞ。
そうだ。これは夢。ここは明晰夢だ。
だって掛けるわけがないのだから。
――何で?
リンロンランとまた、スマホが電話の着信を教えてきた。
「おう、貴文。今日会う約束だったろ」
「先輩、まだ早いんじゃないです?」
「もう10時やんか。待っとるで?」
「え?」
時計を見ると確かに10時だ。しかしそれは良い。
おかしいのは、今日会う約束なんかしてないはずだということ。
ああ。はは。
なるほどなぁ。
どうやら夢の中ではこういうところが拗れてくるらしい。
でも、これはこれで楽しいかもしれないな。
明晰夢50%、か。ううん。
「今から向かいますね」
「はよしーやー」
電話を切りながら、ふいに笑いが込み上げてきた。
ふふ。ふ。ははは……。
いやいや。そもそも俺にはそんな親しい先輩は居ないだろう。
これも明晰夢か。
いやはやしかし、気付かぬうちは本当にリアルだけど、気づいた時のギャップが面白いな。
もしこの薬の効果が切れたらまた同じ業者に商品を注文してみようか。
またおまけで入ってるかもしれないし。
一気に期待と楽しみに変わる不可思議な錠剤の記憶。
ぱらぱらと地面に叩きつけれれたあとくるくる踊る白い円盤。
あれ、あれ、あれ。
モノクロの映像を真っ白な錠剤が踊る。
俺はいつの間にか電車の席に座っていた。
イヤホンからは軽快なBGMが聞こえてくる。
何かのCMらしい。
夢の場面が変わった……。
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