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蟲の血はなかなか落ちない。寝ているルゥを森の泉に寝かせて、その肌をこする。どうにか全身きれいになったころ、やっとルゥが起きた。
「きれいになってる」
「ゴシゴシ洗われてるのに起きないルゥはすごいよ」
「ルゥ、すごい?」
「すごいけど、褒めてない」
泉から出てきたルゥを、タオルで包み込む。ルゥはおとなしい。まだ半分夢の中。
「――ルゥは、戦うの怖くない?」
「怖くないよ」
怖いなぁ、やっぱり。そう言っていたころのルゥを思い出す。怖いという感情は、もうルゥのなかから失われてしまった。
どれだけ心を削っても、蟲を討伐するという想いだけは消えないらしい。一度、戦っているルゥを近くで見たことがある。これがルゥだろうかと疑うほど、恐ろしい顔をしていた。風の刃で蟲を討伐していくルゥ。
昔は、魔法の風に木の葉や花を舞わせて、街の子どもたちの目を楽しませていたのに、今はもう血なまぐさい魔法の使い方しかしない。心を失っても戦い続けるなんて、まるで呪いだ。
ふいに、泣きたくなった。穏やかだった時間に戻りたい。ひだまりに包まれた、ルゥの笑い声が聞こえる過去に。
拳を握りこむ。爪が肌を裂くほど、力を入れる。叶わない願いほど、悲しくて愚かなものはない。わたしがいるのは、生と死が混在するこの森で、どこにも逃げることはできないのだから。意識を「今」に引き戻さなきゃ――。
「アヤ、泣いてるの? どこか痛い?」
「ううん」
ゆるりと首を振る。
「ふーん」
ルゥは目を閉じる。そのまま寝てしまった。うそみたいに穏やかな寝息だった。となりにいるのに、どうしようもなく、わたしはひとりぼっちだ。
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