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「アヤ、あなたも前線に出て」
司令部の魔女が、そう言った。わたしがですか、と小さく問う。
「最近、死者が多いのよ。前線の戦力が足りていない。明日には、新しい魔女たちが補填されるから。今日だけ、臨時よ」
はあ、とわたしはうなずいた。
死者が多いのは後援部隊の魔女が役立たずだからだ、と言われている気がした。気がしただけかもしれない。負い目があったから。わたしは何人も見捨ててきた。最近の死者数は、異常だ。それだけ強い蟲がいるということだと思う。だから、本当はとてもいやだったけど、うなずくしかなかった。
夜の森には、すでに索敵の魔女が出発しているらしかった。
生きて帰ってきて。
お決まりの約束が、あちこちで交わされる。わたしの前にも代わる代わる魔女が来て、全員が全員、同じ言葉を落としていく。わたしは、そのたびに素っ気なくうなずいた。
「アヤ」
ルゥが立っていた。
「アヤも、今日は前線?」
「うん、そう。はじめて」
「そっか」
羽のように軽い「そっか」。
「アヤ、怖いの?」
「……怖いよ」
「へえ、そうなんだ」
ルゥは空を見上げた。今日は珍しく晴れていた。月が出ている。きれいだねとも満月だねとも、なにも言わず、ルゥはただそこにある月を見上げてから、ふいとわたしを見た。
「生きて帰ってね」
おはようとか、おやすみとか、そういう言葉と同じくらいの声色。いつもどおりの、どうでもいいような、約束。
「アヤに言うの、はじめて」
そうだね、とうなずく。
「――うん。帰ってくるよ」
「約束」
ルゥが小指を差し出す。わたしはすこし驚いてから、自分の小指を絡めた。昔に戻ったみたいだった。「明日、街まで買い物に行こう、約束ね!」とルゥは小さな約束をするときでも、指切りをしたがった。ふわりと心が軽くなる。
でもルゥは、じゃあね、とすぐに背を向けた。くしゃりと草を踏むと、地上を歩いていくような自然な動作で空に舞い上がる。
取り残されたわたしの脇を、風が通り抜けた。――わたしも、行かなきゃ。
約束を果たせなかった人たちを、たくさん見てきた。たくさんの命を見捨ててきた。約束なんて、守れないことのほうが多い。
生きて。帰る――。そっと、つぶやいた。
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