事故物件の君へ

1/3
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 首を吊ろうとしていたら、目の前に手紙が降ってきた。 『あなたは誰?』  手紙の文面には女性の字でそう書いてあった。 『僕の名前は北斗セイジ』  好奇心から紙に名前を書いた。封筒に入れて投げると、手紙が空中で消えた。  また天井から手紙が降ってくると、 『あたしは南ユウコ』 と書いてあった。  この部屋が事故物件とはいえ手紙が降ってくるなんて、紹介した安在不動産はそんなこと言ってなかったぞ。 『セイジ君か。部屋に誰かの気配がするから手紙を投げてみたけど、不思議だね』  まったく同感だ。死のうとした人間が言うのも何だが、この世界は驚きに満ちている。  それから、僕とユウコの文通が始まった。生きる希望が見いだせず死のうとしていたが、いつの間にか自殺の二字は消えていた。  ユウコはこの部屋に住んでいるらしいが、それは僕の住む世界とは別の宇宙らしい。いわゆる平行世界というヤツ。この宇宙とは別の宇宙があり、少しだけ事象の違う世界があるという。  この世界では僕が事故物件に住んでいて、あっちの世界ではユウコが住んでいる。 『仕事で怒られた。もう嫌だよ』 『悩まないで。きっと良い事あるから』  ユウコの愚痴を慰める毎日。他愛ないやり取りが僕の生きがいとなった。 『また人の言葉で傷ついたよ』 『なぜ人は心無い言葉を言えるのかな』  僕とユウコは似ていた。繊細な心を傷つけてはお互いを庇い合っていた。  いつしか、僕は彼女に好意をもつようになった。事故物件の手紙は、愛の言葉がないラブレターだった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!