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首を吊ろうとしていたら、目の前に手紙が降ってきた。
『あなたは誰?』
手紙の文面には女性の字でそう書いてあった。
『僕の名前は北斗セイジ』
好奇心から紙に名前を書いた。封筒に入れて投げると、手紙が空中で消えた。
また天井から手紙が降ってくると、
『あたしは南ユウコ』
と書いてあった。
この部屋が事故物件とはいえ手紙が降ってくるなんて、紹介した安在不動産はそんなこと言ってなかったぞ。
『セイジ君か。部屋に誰かの気配がするから手紙を投げてみたけど、不思議だね』
まったく同感だ。死のうとした人間が言うのも何だが、この世界は驚きに満ちている。
それから、僕とユウコの文通が始まった。生きる希望が見いだせず死のうとしていたが、いつの間にか自殺の二字は消えていた。
ユウコはこの部屋に住んでいるらしいが、それは僕の住む世界とは別の宇宙らしい。いわゆる平行世界というヤツ。この宇宙とは別の宇宙があり、少しだけ事象の違う世界があるという。
この世界では僕が事故物件に住んでいて、あっちの世界ではユウコが住んでいる。
『仕事で怒られた。もう嫌だよ』
『悩まないで。きっと良い事あるから』
ユウコの愚痴を慰める毎日。他愛ないやり取りが僕の生きがいとなった。
『また人の言葉で傷ついたよ』
『なぜ人は心無い言葉を言えるのかな』
僕とユウコは似ていた。繊細な心を傷つけてはお互いを庇い合っていた。
いつしか、僕は彼女に好意をもつようになった。事故物件の手紙は、愛の言葉がないラブレターだった。
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