幸運で不運

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喫茶店で紅茶を飲みながら海月散歩の作品を読む。 彼の作品の中で最も売り上げが良かった物を。 俺はこのベストセラー小説が発売される前からこの物語の内容を知っていた。 文字を追うたびにジャスミンの香りを思い出すこの作品が俺は大好きだ。 流行りの曲が店内に流れ、それと一緒に注文をする客の声とオーダーを厨房に伝えている店員の声が混ざる。 静かとは言えない店内に一際騒がしい俺の着信音がテーブルの上で鳴った。 ツーコール目で電話に出ると、興奮している胡桃の声が耳に流れ込む。 俺はティーカップの縁を指でなぞりながら胡桃の話に耳を傾けた。 すると胡桃は震える声でこう喜んだ。 「海月散歩先生と会う事になった‼︎」 胡桃の報告を聞いた瞬間、ジャスミンの香りがした。 賑わっていた店内も、流行りの曲も、自分の心臓の音も聞こえなくなる。 何度も俺の名前を連呼する胡桃の声に引かれ、段々と周りの音が元に戻り始めた頃、俺は笑った。
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