10人が本棚に入れています
本棚に追加
「あー、もー、逃げ足だけは早いんだなアイツら」
最低限の光量のライトで足元を照らし、ひとの手でなんとか整備されている坂を下りながら、アインとツヴァイは鉱山から基地へと戻っていた。無論、電磁波ロープでまとめられたままの盗賊二機を引きずりながら、である。
『お前、全員捕まえなかっただろ』
「いやまさかあんな逃げ足が速いとは! ああそうだよアタシのせいだよ悪かったな」
『お前が目の前のことでいっぱいになるからいけない。視野を広く持て』
「悪かったなーー!」
プライベートチャンネルでいつものように雑談をしながらの道中だ。ツヴァイの言葉は辛辣だが、本気で責めていないのは声の調子でわかる。それくらいに、彼とアインの付き合いは長い。
「でもさぁ、奴らも懲りないというかなんというか。まあ、国外に売りさばけば生活の糧にはなるんだろうけど、あたし達もお仕事なのよね、これが」
ツヴァイは沈黙を持って同意をしたようだった。
アインとツヴァイは、エスゴ国の管理するエレクトリカル鉱山を警護する政府組織に属する警備人である。彼らはかつての大戦で作られた軍の戦闘強化人間だが、戦後、エネルギー資源の管理につくことを条件に処分を免れ今の職にある。
『どうせコイツらも元軍人だろ。ミニマルの操縦は手慣れていた。飼い殺されてる俺たちが気に入らないだけだ』
戦後、軍は弱体化。結果、退職者が街に溢れ、その中の一部は悪事に手を染め、犯罪者の増加傾向にあるのが現状である。
「ありゃ、飼い殺されてるって思ってるの? ツヴァイは」
アインは小首をかしげる。
「あたしはたくさん飯もあるしお金ももらえるし、それに相手を殺さず戦えるし別にいいじゃんって思ってるけど。それに……あたしらがフツーとやらの職に就けると思ってる? まあ、そういう意味では、盗賊とご同類っちゃ、ご同類だけどね」
ケラケラと笑うアインに対し、ツヴァイは沈黙を持って返す。しかし、先程の同意とは沈黙の雰囲気が違っていた。
アインは自分の立場をそれなりに受け入れているが、彼は軍所属だったころに特殊任務をすることもあり、単に暴れまわっていたアインとは違って別の思い入れがあるようだ。こういう話題になると口ごもるのである。
あ、調子に乗りすぎた。せっかく補給したのに、思う存分暴れられなかったフラストレーションがこんな愚痴になってしまったことをアインは後悔した。
「んんー……でもさぁ……そのおかげでツーはディライトと一緒にいられるっしょ?」
だから、話の方向を変えてみることにした。案の定、ツヴァイが突然咳き込み、慌てた様子が聞こえてくる。
『……待て、なぜそこでディライトの名前が出る?』
ツヴァイの恋人の名を出すと、若干震えるツヴァイの声が聞こえてきた。彼には同じ組織に属する恋人がおり、アインとも顔見知りの間柄だ。
「んふふふ一緒に居たいもんねぇ〜あたしも似たようなものだよ〜。好きなひとと一緒に居たいもんねっうっふふふまだ付き合ってないけど!」
『つーか、別に、ディライトだけが理由じゃない……』
声に若干の照れが入っていることに気がつき、アインの口がだらしなくニヤケる。普段は冷静でぶっきらぼうなツヴァイだが、恋人のディライトには頭が上がらない。アインやツヴァイたち警備人をサポートするカウンセラーのディライトは人当たりのいい男性で、皆が兄のように慕っている人物だ。
「おっ照れてる照れてる」
『からかうな、うるせーよ。っていうか、お前なんか付き合う以前の問題だろうが』
「愛を伝えるために努力しているんだっつうの。わかったぞ、三週間ディライトと会えてないから怒ってるんだな?」
『クソてめえあとでぶっ飛ばす』
そんなやり取りをしているうちに、そびえ立つ門が見えた。IDカードを持つ二人が近づけば、門は自動的に開く。
堅牢な作りの建物が、常夜灯に照らされている――本棟、研究棟、整備棟の、三棟の建物が建つここが、組織最大の基地である。
二人はそのうちの整備棟の敷地に向かう。夜でも煌々と明かりの付く格納庫内部では、忙しなく働く整備員たちの姿が見える。帰投のことはすでに知らせてあるので、誘導の灯に沿って中に入る。引きずってきたミニマルを他の職員に引き渡し、いつもの位置にそれぞれアニムスマキナを移動させ、停止させた。
コックピットハッチを開け、アインはシートベルトを手早く外して身を乗り出す。そして勢いよく飛び出し、曲芸師もかくやと言わんばかりの身軽な様子で着地すると、きょろきょろと格納庫内を見渡す。
やがてお目当ての人物――ツヤツヤ黒髪のボブヘアー、長身の女性整備士の姿を見つけたアインの目が輝いた。
「サンセットォォォォーーーーーッ!」
他の整備士達の間を器用にすり抜け、女性の名を叫びながら走る。道中「うるせーよアイン!」「ぶつかってくんなスパナ投げっぞ」「投げてもあいつなら避けるだろ」などと旧知の整備員たちからの野次が飛ぶが、その全てに対して「全員まとめてぶっ飛ばしたろか!」と笑いながら答えるのが常だ。
「たーーーだいまーーーーっ!」
女性整備士――サンセットにあと少しで接触できる距離で、アインは抱擁のために腕を大きく広げる。アインの「好きなひと」であるサンセットは作業に没頭していたようだが、バカでかいアインの声に頭をもたげた。三白眼の彼女は一見するとフッと軽くため息を吐き「アインか」と小さく呟いた。
そして、勢いよく抱きつこうとするアインを、何事もなかったかのようにひらりと避けた。
「ぷぎゃっ!?」
「おかえり、アイン」
「避けなくてもよくない!? できれば地面にキスは嫌だった!」
地面に直撃したアインは、ぶつけた頭をさすりながら立ち上がる。
「いきなりぶつかってくる君が悪い。こんなことをしてないで、早く報告に行ったらどうだ」
サンセットの声は抑揚がないが、気分を害してはいないのをアインは知っている。
「そのまえに一応、破損箇所の説明をサンセットに……」
デヘヘヘ……と鼻の下を伸ばし、アインが再び近寄る。実のところ、破損箇所などレコーダーに記録されているので、パイロットの説明など不要。つまり、とにかくなんとしてでもサンセットと話がしたい、という魂胆が見え見えなのである。
「記録を見ればいいのをアインも知っているだろう?」
「かこつけて話がしたいんだよぉお! ねえサンセットぉぉぉ」
涙ぐましい努力だとアインは思っているのだが、その成果が出たことは一度もない。口説き落とす、というよりはほとんど泣き落としの域だが、お目当てたるサンセットは三白眼をピクリともさせない。
知り合ったときからこうして熱いアプローチをしているのだが、アインの求愛に対してサンセットはまったくのなしのつぶてである。少なくとも、アインを嫌ってはいないらしいので手痛い拒否はされていないものの「同僚」「アニムスマキナのパイロット」の認識の域を出ていない。
サンセットぉ、と半ばベソをかきそうなアインを持て余しているサンセットだが、視界に現れたツヴァイの姿に気づき「おかえり、ツヴァイ」と声をかけた。
ツヴァイは、後頭部の高い場所に結んだ髪の毛を揺らしながら二人に近寄る。
形の良い鼻と輪郭。制服を着崩しているアインとは違い、きっちり着込んでいる故か、男性としてはいささか線の細い体の形が見える。
そして極めつけは、見る者すべてを虜にする、美しい造形の切れ目――ともすればこんな施設ではなく、雑誌か銀幕の中にいそうな美太夫だった。
そんな彼が、油の匂いが広がり低音が唸る格納庫を慣れた足取りで歩いていると、男女問わず整備士達が手を止め、その姿に見とれているのは日常茶飯事である。今日も彼の熱烈なファンの一人が、スパナをカツーン、と手から落とす音が聞こえた。
「やはりここにいたか」
「そうだ、このうるさいのを引き取ってくれないか、相棒のよしみで。これから例の改良をするんだ。いると邪魔で仕方がない」
彼女の言う『改良』とは、前々から計画されていたアニムスマキナの改良だ。警備人の使うアニムスマキナはもともと軍用に開発されていたものだが、国際法の協定により規制が厳しくなり、大幅な変更が加えられている。そのため、現在の運用には限界があり、故に法に違反しない程度の改良をすることになったのだった。
「わかった。おい行くぞうるさいの」
「うるさくなんかないやい!」
「うるさいだろうが」
首根っこをツヴァイにがっしりと掴まれたアインが叫ぶ。そしてズルズルと引きずられ、格納庫から離れることになってしまった。
本棟にある所長室から出てきた二人は、げんなりとした表情のままため息を吐いた。
「二人捕まえたのに褒められなかったよぉ」
「逃した一人も今度は捕まえろ……か」
この施設を取りまとめる所長は、彼らを管理する上司でもある。所長も軍出身のため二人の事情を把握しているのはありがたいが、それ故に無茶も言う。
――エレクトリカル鉱石を狙うものはすべて捕らえろ。一欠片も他国に渡してはならぬ。
時代が時代ならば殲滅せよ、の命令になるのだろうが、そうは時代が許さない。
「まあどうせもう一回来るっしょ。ヤニトのおっちゃんだってその辺わかってると思うし。それに、次は絶対捕まえて見せるって約束したもん。賊の一人くらい、なんてことないぜ」
アインは所長である壮年男性、ヤニト・ツェーンのことを「ヤニトのおっちゃん」と気軽に呼ぶ。彼はアインとツヴァイが研究所にいた頃からの知り合い――軍属であったとき、彼は研究所に配属されていた――である。あのまま戦争が続いていれば、直属の上司になっていたはずの男は、今は鉱山管理の職に落ち着いている。
「まあ、本当に一人、ほとんど丸腰で来るっていうんならな……」
楽観的なアインに対し、ツヴァイはどこか思慮深く呟く。
「さーて、寝る前に一度格納庫を拝んでですね……」
ウッシッシ、と悪巧みにも似た笑みを浮かべたアインを、ツヴァイが呆れたような眼差しで見つめる。
「お前、懲りないな」
「だってぇ好きなんだもん、サンセットのこと。ていうかそうじゃないと顔も見られないんだし……はぁ、きちんと恋人になってるツヴァイとディライトが羨ましいよ」
最後の言葉は口をすぼめて、拗ねてみせる。実は告白まがいのことは何度も行っているのだが、そのたびにサンセットから「恋とか愛はよくわからない」と言われはぐらかされているのが現状だ。機械いじりにしか興味のないサンセットの真剣な姿に惚れた手前、機械よりも自分を見ろとは言えないアインは、それでも僅かな望みを持って彼女にアプローチをかけている。
ゆえに、恋人としてすでに認知されている旧知の二人が羨ましいのである。
「……頑張れ、としか言いようがないが……今のサンセットがお前になびくのは難しいだろうな」
「そんなぁ……」
一番の相棒にまでそう断言されれば、どれだけ自信のあるアインでも肩を落としてしまう。はあ、と力ないため息をつい落とすと、ツヴァイが「だがな……」とアインの肩に手を置いた。
「俺は、お前の真っ直ぐさは悪くないと思っている」
ツヴァイは、先程までの冷淡な表情を和らげ、微笑を浮かべていた。平時はほとんど見せない――おそらく、アインにすら稀である――それに、アインは「ほへ……」とマヌケな声を出してしまった。
「サンセットだって、お前の存在が本当に邪魔なら、会話すらしないだろうよ」
「そう……だよね」
「だから今はアイツの邪魔はするな。本当に大事ならな」
「……うん」
アインは、ツヴァイの穏やかなフォローとアドバイスに素直にうなずいた。
◆◇◆
アインとツヴァイたちが基地に帰ってきたと同時刻。
「ひぃっ、兄貴たちが捕まっちまったよぉ……」
闇の中、ガシャンガシャンとミニマルが走っていく。盗賊団の一人が、国境近くまでたどり着いていたのだった。やがて国境の境目にある洞窟の前までたどり着くと、ミニマルのコックピットを降りて、洞窟に駆け込んだ。
ひんやりと冷たい洞窟の空気は、男に孤独さを感じさせる。まだ一五歳を超えたかどうか怪しい彼は、一人心細さに震え、その場にうずくまった。
「……どうする、俺……」
戦後の混乱の中、命をつなぐために盗賊の仲間になった。故郷に戻ってもすでに親も無く、頼れるような友はすでに戦争の最中にこの世の人間ではなくなっていた。このエスゴ国の兵によって殺されたのだ。
「……もう、いっそあいつらを……」
鉱山を守る警備機構は、もともと軍隊を再編成して作られたものであることは知っていた。つまり、彼にとっては親や友の敵のようなもの――至極短絡的な考えではあったが、孤独から生まれた不安を払拭するには丁度いい。
男が顔を上げる。
「兄貴たちが『最終兵器だからな』っていってたアレを……!」
震える足で、洞窟の奥に向かう。
そこには、布で覆われた巨大なものが眠っていた。
「アイツラが作った兵器で、めちゃくちゃにしてやる」
男は布に手をかけて、一気に引く。顕わになったのは、ミニマル、いや、アニムスマキナよりも巨大なロボットの姿だった。
最初のコメントを投稿しよう!