生存戦略するには愛がいる!

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 翌朝のことだ。けたたましいサイレンの音が、施設全体に響き渡った。 「鉱山に襲撃だ! 逃げたあいつかもしれない!」 「巨大兵器の可能性って、まさか……」  スクランブル警報で叩き起こされたアインとツヴァイは、ものの数十秒で制服を着込み、格納庫へ走っていた。『鉱山に侵入者。巨大兵器襲撃の可能性』を繰り返すアナウンスに、ツヴァイは眉間に皺を寄せていた。 「巨大兵器ぃ!? どこにそんなんあったんだよ! 戦後の協定かなんかで処分したんじゃないの」  眠気を振り切るようにアインが叫ぶ。そして携帯食料を手早く食べて飲み込み、臨戦態勢に無理やり持ち込む。ここでエネルギー補給を怠ると、自慢の筋肉も操作の勘も全て鈍って無駄になるからだ。  強化人間たるアインの特徴――常人よりも多い筋肉量と身体強度、反応速度を得る代わりに、エネルギー消費が早い。故に、常人の三倍の量を摂取する必要があった。 「おおかた裏ルートで取り引きされたブツだろうよ。国際法違反まっしぐらだな」 「うそだろ……くっそ、MM(マキナモンキー)でどうにかなればいいけど」  格納庫に到着すると、昨夜と同じようにアニムスマキナ二機の側で整備員たちが忙しく働いている。彼らの間をすり抜け、二人はそれぞれ愛機の側までたどり着く。声をかけようとする整備員たちを横目に、ひらりと猫を思わせる様子でコックピットに乗り込んだアインは、操縦席の乗り心地の違いに「ん?」と首を傾げた。そうしていると、スピーカーから通信の通知が聞こえた。 『アイン、聞こえるかい? 昨夜から急ピッチで改良を済ませたもんだから、まだテストが終わってないんだ。せめて一回動作確認を。特に伸縮自在になった手足――』 「間に合わないよそんなことしてたら!」  なにかをごちゃごちゃ言うサンセットの声にかぶせて、アインはシートベルトをつける。キーを差してひねると、MMは息を吹き返したかのように起動する。複数のディスプレイが煌々と輝き、周囲の様子を映し出した。 『アイン!』 「大丈夫だって、だってサンセットたちがやったんでしょ。信用してるからさ。だからこのまま行かせてよ」 『また君は無茶を言う!』  ほとんど強行突破に近いが、こういうことは初めてではない。なので、サンセットたち整備員も説得を諦めている。そしてなにより、戦闘(しごと)モードに入ったアインを止めるのは自殺行為に等しい。アイン自身も、今目の前に誰か来たらいつもの二割増しの声で怒鳴ってしまう自覚はあった。 「アイン・ドゥ、出る!」  すでにMH(マキナホーク)は発進している。誘導灯が点灯し、進路に人気がなくなったことを確認し、MMを進めた。 『……気をつけて』  抑揚のない声が通信に入る。サンセットの声だった。業務上必要な声掛けではない意味の言葉を察し、アインの頬にさっと朱が入る。決して邪険にされているわけではないのを知っているから、やはりもう少し、気持ちをわかってもらいたくなる。 「うん。わかってるよ、愛しいハニー」 『……そういうの、よくわかんないからね』  困惑した声の流れるスピーカーに向かって、アインは「わかってる」と弾んだ声を投げかけて、ついでに投げキッスをした。相手に見えるはずはないが、せめて溢れ出んばかりの愛を表現するには、こうするしかなかったのであった。  急ぎ足で二機が現場に到着すると、そこはすでに砂埃が響く戦場と化していた。否、戦場というよりは、例の兵器が暴れまわっているというほうが正しい。 「うえっ……デカい……!」  四角いコンテナを積み上げて、無理やり二足歩行のロボットに仕立てた、アニムスマキナのMMやMHよりも遥かに巨大な兵器――殲滅戦用アニムスマキナ『ゴーレム』が、砂埃巻き上がる中で緩慢な動きを見せた。 『ところどころボロボロだな……だけど油断するなよ、腕の一振りだけで、並のアニムスマキナは吹っ飛ぶくらいの力はある』 「知ってらぁ! でもなぁ、それでも行くんだよ、あたしは!」  アインはフットペダルを強く踏み、ゴーレムに向かって急加速。エンジン音が唸る中、すぐさま足を操作し地を蹴ると、まさに猿のように身軽に飛びかかる! 『待てアイン!』  ツヴァイの静止も聞かず、アインはいつものように拳を振り上げる。が。 「鉱石の山! どうやって盗んだんだ」  ゴーレムは、両腕いっぱいにエレクトリカル鉱石を抱えているではないか。そう認識した瞬間、ゴーレムは鉱石を抱えたまま、体当たりするようにしてMMを文字通り弾き飛ばした。  なんとか左右の操縦桿を器用に操り、機体のバランスをとって着地する。 「あんなにたくさん……まさか!」 『鉱山の入り口が破壊されている。無理やり入ったのか? いや、逆か……?』  モニターで確認すると、鉱山の入り口はすっかり崩れていて、見るも無惨な状態になっていた。奥から鉱石を盗んだあと、崩れた入り口も無理やり壊して出てきたのか。それとも、別ルートで侵入してここに出てきたのか、どちらなのかはわからない。早朝とあって作業員がおらず人的被害が出ていないのは幸いだが、あの巨体が鉱山に入ったとなると、中は相当破壊されているはずだ。  しくじった、とアインは思わず舌打ちをする。あの鉱山を守ることが――エネルギー資源を守ることが、今のアインたちの存在意義である。相手にどんな事情があろうと、自分たちは生き残らねばならない。それは、アインだけではなく、ツヴァイ、そして警備に関わるすべての職員――元・研究所と軍の者たち――も同じで、こと実際の警備業務にあたるアインたちは、その有用性を証明し続けなくてはいけない。 「てめぇえっその石っころ返せっ!!」  先程弾き飛ばされたにも関わらず、アインはMMでゴーレムに突っこんでいった。 『馬鹿ッアイン突っ込むな!!』  相棒の忠告も耳に入らない。頭の中でキャンディがパチパチと弾けるような高揚感がアインを支配する。あっという間にMMはゴーレムの前に躍り出ると、目にも留まらぬ速さで拳を繰り出した。  どうせここは敷地内なのだ。鉱石が散らばっても回収はできる――そう勝手に結論づけたアインの判断である。  ガガガガッ! 損傷のひどい、脆そうな部分を狙い撃つ。一つひとつの打撃は軽くても、休む暇もなく打ち込まれれば、いずれは大きなダメージにつながる。それが可能なのは、強化人間として身体能力を向上したアインであるからだ。普通の人間なら、よしんば早撃ちが可能であっても、機体の衝撃に体が耐えられない。小柄だが強靭な肉体を持つアインだからこそできる、ある意味無茶苦茶な技でもあった。実際、MMの機体の動きにブレはない。 「一箇所だけでもどこか! ぶっ壊せれば!」  しかし、ゴーレムはアインの想定を超えていた。あれだけMMが打撃を与えても、倒れるどころか、揺れる様子すら見せない。 『俺が敵の気を逸らす!』  ツヴァイからの通信が入る。  空を旋回していた複数の小型鷹アニムスマキナが、ゴーレムへ向かって勢いよく飛んでいく。最初は五羽、それがどんどんと倍に増えていき――ゆうに三十羽ほどの小型鷹が、ゴーレムの周りを取り囲んでいた。 『行けッ! ゴーレムを翻弄しろ!』  小型鷹は、ゴーレムを中心にしてグルグルと飛ぶ。一様に飛ぶのではなく、個々がランダムに上へ下へと飛びながら、ゴーレムの行く手を阻むような動きをしている。明らかな目くらましだが、ゴーレムがたじろぐような動きを見せる。  驚くべきことに、これらは自動操縦ではなく、全てツヴァイの脳波と繋がっている。それを混乱することなく操れるのは、強化人間としての調整をされているからだ。  強化されているのは精神感応、あるいは第六感。相棒(アイン)が攻撃特化のために作られた存在ならば、彼は後方支援と諜報に長けた存在であった。  ゴーレムの頭部がぐるりと回り、小型鷹を捉えるような動きを見せる。すると、目を模した部分から勢いよくビームが放たれ、鷹は一瞬にして塵となった。 「荷電粒子砲のビーム兵器!」  ゴーレムに搭載された、荷電粒子砲――かつての戦争では、これで随分と焼け野原になったという。 「ツヴァイっ」 『怯むな! 鷹は囮だ! お前はやつを再起不能にしろ!』  ゴーレムはいつの間にか、小型鷹を撃ち落とすことに躍起になっている。ツヴァイの作ってくれたチャンスを活用したいのだが、MMで正面からぶつかっても、やはりびくともしない。あれだけ打ち込めば、通常の兵器の装甲は大きなダメージを負っているはずなのだが、ゴーレムの表面には凹みの一つすら付いていない。 「くっそ、どーすりゃいいんだよおおおお」 『改良のこと聞いてないのか?』 「聞かなかったああああ」  バカアイン! というツヴァイの悲鳴と同時に、次々と小型鷹が撃ち落とされる。 「あのバカでかい図体を倒すなんて、どうすりゃ。足でも引っ掛けられれば……」  足、と自分で言った言葉が、なにか引っかかる。ほんの少し前に、聞いたような。アインは必死で記憶をたぐる。 『』  サンセットの声が脳裏に蘇る。  直ぐに周りを見渡せば、見慣れないレバーがアインの利き手である右につけられていた。  これはもしかして、彼女の言う通り「伸縮する」としたら、現状打破になるやもしれない。  ディスプレイに映る現状と地図を参照し、思い描く結果になりそうな場所を考える。恐ろしい集中力で弾き出した座標を直ぐにツヴァイに転送し、彼の名を叫ぶ。 「お願いだよツヴァイ、もう少し耐えてくれッ、ほんでもってできる限り、この座標まで追い込んで!」 『テメーは無茶言いやがる……っ、くそ、絶対倒せよ、オレが行く!』  奥に控えていたMH本体がついに、大きな翼を広げた。機械とは思えぬ優雅な動きは、本物の鷹に近づけるべく設計者たちが血と汗を流した成果だ。  大地を蹴り、羽ばたく。MHが宙に浮かび、ゴーレムの前に躍り出る。これではビームのいい的になるかと思いきや、MHは小型鷹よりもさらに機敏な動きで、ビームを避けていく。  見事な操縦であった。まるで巨大な翼を我が腕のように操り、機体にビームがかするかかすらないかのギリギリに舞ってみせる。  かの昔あまたの伝説に描かれた踊り子のような、扇情的にすら見える動きは、未熟なパイロットであれば躍起になってしまうだろう。  事実、ゴーレムはMHと戦うことに集中している。おそらく、パイロットがそういった未熟な人間なのかもしれない。  鉱石を抱えたまま、右往左往するゴーレムはしかし、MHの動く方向に少しずつ軌道修正されるように動いていった。  ゴーレムが誘われた先は、鉱山の舗装道路――その先には複数の電柱がある。 『ここまでが限界だ、アイン!』 「あいよ!」  ゴーレムが離れていくMHを追いかけようと足を動かした瞬間。足部分になにかが引っかかった。 「すっ転べーーーーっ!!」  電柱と電柱の間に伸びているのは、蛇腹状の長いもの。それは、一方の電柱の陰に隠れているMMの肩部分から伸びていた腕だった。  アインが叫ぶと同時に、MMの腕がピンと張る。ゴーレムはMMの腕に躓いてバランスを崩し、なすすべもなく地面にその巨体を転がすことになったのだった。 ◆◇◆  あのあと駆けつけた警察組織と合流し、盗まれそうになった鉱石を回収、侵入者であるパイロット――やはり先に捕まえた盗賊らの仲間であった――を警察に引き渡し、騒動は終わった。  彼はミニマルでの窃盗行為に加えて、国際法で禁止されている兵器の使用という罪が重なったため、しばらくは檻の中から出てこられないだろう。 「ツヴァイ、ありがと。おかげで助かっ……」  振り向けば、相棒の姿はない。代わりに、担架に乗せられて救急ポッドに向かうツヴァイが見えた。意識はあるのか、ツヴァイは目だけで「テメー覚えてろよ」とアイコンタクトを送ってきたので、アインは「ほんとマジでごめんって!!」と謝る。小型鷹やMHの操作はツヴァイにとって体力・精神共に消耗が激しい行為である。これは療養と詫びを兼ねて、恋人(ディライト)との蜜月休暇を取れるよう上司(ヤニト)に進言せねば、と考えていたときだった。視線の端にMMの姿が見えた。 「あー……サンセットに会うのが怖い」  伸縮自在の腕を活用してゴーレムの動きを止めたのはよかったが、その代償として、ゴーレムの重量に耐えられず腕が壊れてしまったのだった。  今まで頭の中にあった「サンセット褒めてめっちゃ褒めて」という気持ちがかき消えた。彼女は仕事に対してはシビアな人間だ。たとえ業務上のためとはいえ、寝ずの作業をしたものを半日も立たずに台無しにされたのだ。 「私がなにかあったか」  後ろからよく知る声がして、アインは「うひゃうっ!?」と変な声を出す。心臓から手が出そうなほど驚いたあと、恐る恐る振り向く。いつもどおりの無表情を貫くサンセットそのひとであった。 「うぎゃーっっなんでここに?!」 「MM回収に来たから」  サンセットが指を指す方向には、すっかり腕を壊されたMMがあり、アインは顔を背けてしかめっ面になる。 「う……その……」 「派手にやってくれたな」  MMのそばに立つサンセットが、無感動な声で言う。 「うう……」  ぐうの音も出ない状態のアインは、まともにサンセットの顔が見られない。MMから視線を外さない彼女の横顔をちらりと伺いながら、謝罪の言葉を脳内でああでもないこうでもないと考えていると、ふっとサンセットは顔を上げた。 「いや、よく気づいてくれた、と言うべきなんだろうな」 「……へっ?」  アインは最初、彼女の言葉の意味がわからなかった。てっきり正面切って叱られることを覚悟していたので、拍子抜けした顔で彼女を見て「ええと……?」と首を傾げる。 「話を聞いてなさそうで、君はきちんと聞いているんだからな。有効に活用してくれたのならいいじゃないか」 「でも、サンセットたちが頑張ってくれたのに、壊してごめん……」 「何回でも直せるからそれでいい。それよりも、アインたちが無事でよかった。人間は、私では直せないから」  そうだろう? とサンセットがアインを見る。  一見無表情に見える彼女の目に、なにかいいたげなものが感じられる。普段はアインのことを邪険にするはずの彼女が見せたアイコンタクトに、普段と違うものを感じたアインの心臓がはねる。 「……好きだ……」  サンセットが自分を気にかけてくれている。その一点がただただ嬉しかったアインの気持ちは盛り上がり、湧き上がる感情に体が震える。 「やっぱり好きだぁサンセット!!」 「は!?」  バッ、と両手を広げ、アインは叫んだ。 「やっぱ褒めてっあたしの愛を受け止めてほし……うぶぎゃっ!!」 「……だから、そういうのはわかんないんだって」   ――いつもの通り、地面にキスする羽目になったアインを見るサンセットの目は、こころなしか優しいものがあったのだが、それがアインに伝わるのはまだまだ先のようだった。 おわり
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