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かつてこの星では、大きな戦争があった。
エネルギー源であるエレクトリカル鉱石を巡る戦争――発達した科学は戦争兵器と兵士の開発に大いに貢献し、その代償として土地と人々を失った。
やがて終戦を迎え、国際法で一定基準の兵器開発と強化人間計画が禁止され一時の平和が訪れる。しかしエネルギー需要は変わらず、豊富なエレクトリカル鉱石山の産出国である「エスゴ国」は常に狙われているのが現状であった。
◆◇◆
切り取られた岩肌は、ほんのりと淡い光を放ち、闇の中に佇んでいる。
すでに日も落ち、作業員も帰宅して人っ子一人居ない――ここは、エスゴ国北部に位置する鉱山。
その鉱山入り口に、のそりのそりと作業用ロボットが三台集まっている。
丸いボールに、伸縮自在な腕、ひょろ長い足がくっついたような形状、おおよそ体高五メートル。
それは、エスゴ国以外でも世界のあちこちで使われているシンプルな汎用型工事用仕様『ミニマル』。しかし、集まった三台には小さいながら機関砲が搭載され、今は禁止されている兵器としての改造を施されている。
「急ぐぞ、アイツラが来たら厄介だ」
通信でやり取りをした彼らは、ギッギッと軋む音を響かせながら足早に鉱山へと入っていく。事前に入手していたであろう地図を見て迷いなく奥へたどり着くと、まばゆい光があふれる空間があった。
照明がなくとも、明るいそこは――エレクトリカル鉱石が山のように積まれている。
「へへ……さしずめ宝の山、ってか?」
彼らは盗賊団で、特にエネルギー源となる鉱石を専門としている。スクラップと化していた作業用ロボを改造し、こうやって夜な夜な鉱山に忍び込んでは鉱石を盗み、隣国に密かに売りつけるのだ。エスゴ国産のものは純度が高く、高値で売れる。
にゅっ、と一機が腕を伸ばした瞬間だった。黒い小さな影が一つ、鉱石に伸びる腕を邪魔するように飛びかかる。
「クソっ、奴らだ!」
小さな影は、黒い鳥――ミニサイズだが獰猛な鷹を模したロボット。一羽、また一羽と数が増え、三機を排除するようにまとわりついてくる。最初こそ腕で振り払っていたが、全体を覆うような数になったところで観念したのか、三機は出口に向かって走り出した。
その間にも鷹ロボは諦め悪く追っかけてくる。まさかこんな狭い坑道で機関砲を打つわけにもいかず(下手すれば閉じ込められる)なんとか逃げる際に辛うじてロボットハンドで掴んだ鉱石を落とさないように走るのが精一杯ではあった。出入り口は入ってきた箇所一つしかないはずだ。もっとも、険しい斜面になっている裏側から、無理矢理穴を空ければ別だが。
「ひぃっ……あのうざったい鳥野郎がきたってことはよぉまさか奴が……」
鉱石運搬を受け持つ機体に乗る一人が息を呑む。ついに出口にたどり着いた瞬間、前になにかが立ちふさがっていた。彼らの作業用機体より一つ分大きいその姿は、夜中という時間帯も相まって恐怖を与える。
『こんばんは、お兄さん方。今日も夜中にハッスルハッスルで楽しそうだなァ』
陽気な女の声が、立ちふさがった機体からオープンチャンネルで聞こえてくる。自信に満ち溢れた声は『ハハハッ』と楽しげな笑いを漏らし、作業用機体に乗る三人は、揃ってゲエッとカエルが潰されたような声を上げた。
三人はこの声を知っている。こいつと関わるとろくなことがないし、仕事が上手くいった試しはない。小さな鷹ロボットが出てきた時点で予想は出来ていたので必死に逃げてきたのだが、その苦労は水の泡となったことに気がついた三人は、血の気が引いた。
「くそったれの警備人!!」
◆◇◆
『ちっ、政府の犬が!』
目の前のポンコツなミニマル(盗賊作業用カスタマイズ済み)から苦々しげな声が聞こえ、コックピットに座るアイン・ドゥはニヤリと口元を歪ませた。
彼女の年の頃は十代前半の少女のようだが、愛嬌のある目が爛々と輝き、簡素なタンクトップに包まれた上半身は引き締まった筋肉に飾られている。
「ふふん」
手入れされてないボサボサの天然パーマを揺らし、携帯食料を豪快に食べる。
「楽しいコトの前には、気分の上がる味でなくちゃな」
お気に入りの携帯食料――弾けるキャンディー入りのチョコレート味――を口の中で味わいながら、アインはつぶやく。
彼女はこれから始まる捕り物の予感に、アドレナリンが分泌し、高揚感でいっぱいになっていた。操作レバーを持つ手も期待に踊り、自然と指が動く。エネルギー補給のための携帯食料を全て飲み込むと、自信満々の表情でニッと笑う。
「犬じゃねーよ、あたしは猿だっつうの!」
アインが搭乗しているのは、汎用型ではなくカスタマイズされた警備用の機体『アニムスマキナ』と呼ばれる二足歩行型機である。モチーフは猿故に、愛称は『マキナモンキー(MM)』だ。
MMのアイカメラが緑色の光を帯びた。アインがアクセルを踏んだからだ。
瞬間、なめらかだが素早い動きでMMがミニマル一機のコックピット部分をボールのように掴む。持ち上げると、ミニマルは足をバタバタさせて抵抗した。
「そーれ、ぶん投げたるわ」
『ぎゃあああっ』
いとも軽々とミニマルを投げ、地面に落とす。MMはミニマルの数倍の機動力を持っており、しょぼい動力炉で動く作業用とは雲泥の差なのだ。ズンッ……と鳴った地響きに、残りの二機が後ずさる様子を見せる。
「逃さねーよ……っと!」
ミニマルが後ろを向いて逃げ出そうとするのよりも、MMが動くほうが早かった。鉱石の淡い光を頼りにミニマル一機の機体を掴み、強引に引き寄せる。機動力の高さは、あくまで機体の性能としての高さである。能力を発揮するには、それを動かすパイロットの技量も必要だ。アインの操作は軽薄な態度と裏腹に、正確性と素早さがあった。
「おい鉱石置いてけって。おまえら捕まえるより、そっちのピカピカ光る石が大事なんだから一応」
ミニマルが後生大事に抱えている鉱石に腕を伸ばす。しかしあと少しというところで届かず、バランスを崩して拘束が解けてしまった。
「うわっしくじった」
『ざまぁみろってんだハハ……っとぉ!?』
バランスを崩したのは、MMだけではなかった。ミニマルも結局衝撃で姿勢を崩し、持っていた鉱石を空中へ投げてしまった。
「やっべぇ!」
闇の中で鉱石の光が放物線を描く。が、空中で止まる。
「ツヴァイ、ナイス!」
先程、鉱山内で盗賊たちを威嚇した小さな鷹型アニムスマキナの一機が、空中で鉤爪を使って掴んでいたのだった。
『逃げないように捕まえておくぞ』
仲間だけが使えるチャンネルから、アインに通信が入る。低く冷静な男の声――鷹型アニムスマキナのパイロット、ツヴァイ・ジョンである。通信があってすぐ、MMの背後に同じくらいの大きさのアニムスマキナが現れた。
鷹型のアニムスマキナ『マキナホーク(MH)』である。
「しかしいつ見ても、地上を歩く巨大な鷹って珍妙だよな……」
『文句は鳥型を開発したヤツに言え』
アインのボヤキに対しぴしゃりと返しながら、ツヴァイは倒れているミニマル二機に向き合う。羽部分から放たれた電磁波ロープで、しっかりと二機をまとめて縛り上げる。
「ほんじゃもう一機もすぐに……ってあれ?! どこ!?」
盗賊は三機のはずだ。残りの一体の姿がない。遠くからガシャンガシャンとミニマルが走るような音が聞こえたが、時すでに遅し。鉱山の裏側は隣国との境界線である。そちら付近に逃げたに違いない。
『逃げたな』
「くっそおおおお逃したぁぁぁぁ!」
アインの悔しがる声が、コックピットに響いた。
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