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０１ ホスクラドフリート
「隕石は、本日も元気に落下中……と」
対人外生物異物のチーフ相崎善行は、複数並んだ監視映像のうち、特定域専用の映像を眺めていた。制服のなかの引き締まった胸筋をむきっと躍動させると、アップバングにした刈り上げを掻きむしった。
対人外生物異物対処班。通称フリートは、隕石物に関するあらゆる雑務にあたる組織である。隊員は、警察と自衛隊、双方から派遣された人員で構成された珍しい試みの、新しい国家組織。フリートが初めての職場という純粋な隊員は、今のところ一名に留まってる。
日本国の、警備組織と軍事組織から選りすぐられたチーム……といえば聞こえはいいが、実態は寄せ集めといっていい。
隕石への対処は、数年前も前から世論が求めていた緊急案件だった。
真っ先に進んだのはエネルギー開発分野。国外から”燃料”を買い付けて研究を重ね。原子力発電よりも安全で永続的な電力供給が可能とみるや巨額の予算が組まれる。隕石を活用した発電プラントは急ピッチで建造されている。
遅れたのが警備と軍事。これに関しては奥手どころか、昔から変わることない腰の重さを誇っていい。たしかに、危険をともなう組織を創るリスクは天井知らずである。対処を誤って、市民が怪我を負う事体にでもなれば、非難の矛先が向かうのは確実だ。
時代は令和。昭和にくらべれば政府のフットワークは、ずいぶんと軽くなったが、立ち上げは自衛隊以来となる武力組織。憲法９条に照らし合わせて……といつもの言い合いで、法整備は難航を極めたどころか、議論の回避が相次いで、いつしか、触れるべからずな聖域扱いとなる。
だが、２年前。日本にも軽量隕石が発生。場所は広島県の山里。人的被害、町の破壊。警察・自衛隊が動員されたが、すべての対応が後手となった。８３名が死亡５２９名が負傷した。
隕石集中地帯から外れたイレギュラーな数個が、三次インターチェンジを直撃。中国経済にとって大きな痛手。与えた打撃は人的被害以上に深刻だった。この国道と高速道路が交差する中継地点は、いまも修復工事が続いている。
この年の衆議院選挙は、議席数２位の野党が政権を奪った。ぼた餅に喜んだ新政権だったが、転落も早かった。行政の運営不慣れと乱発する朝令暮改に、あきれた民意はあっけなく離れる。一年もたずに野党へ逆戻りする。
この件が、すべての国会議員の尻に火を点ける。議員人生に首をかけた論議が白熱。対人外生物異物対処班が立案され、実際に組織ができあがるまでに１年もかからなった。昨年のことである。
異例の速さといえるが、組織の枠組みができあがるのには、ひと悶着があった。警察と自衛隊。双方のトップが拒んだのだ。隕石落下は世界を巻き込んだ事実。価値ある”本物”の隕石は、取り扱いに細心の注意を要す。だがその”細心”が確立されていなかった事情に、難色をしめした。
隕石生物をメテオクリーチャーとよび、3メートルを越える巨大な隕石生物は、巨大な異星人という意味のユーテネスと呼ぶ。これまで確認された巨大異星人は、紛争地域に現れたのたった1体。それは4メートルのサソリのような生物で５００人を喰い殺した。非公式の記録によれば、兵士の銃弾一発で倒されている。
自衛隊いわく ―― 国民を守るのが警察の役目だろう！ ――
警察いわく ―― 強力な武器をもつ自衛隊こそ適任だ！ ――
いやいや。
そうじゃない。
いやいや。
築いた地位の消し飛ぶことを恐れ、警察と自衛隊、それぞれの上位者たちは責任を盛大に押し付けあった。一人の国会議員が、局長に名乗りをあげた。
倭沢平蔵 ―― ならば私が引き受けましょう。――
倭沢は、すべての責任は自分が引き受け、けっしてどこにも負わせないと明言。かわりに、警察・自衛隊の双方から人員と資材を提供もらうこと約束してもらった。こうして対人外生物異物対処班は、誕生した。
ちなみに、真っ先に手をあげそうなJAXA（宇宙航空研究開発機構）は、相談役にとどまっている。我々は宇宙へ行くための組織であり宇宙からのメッセージは管轄外うんぬん……というのが理由だ。
メンバーは、元がつく職警官と自衛官で編成。自衛隊・警察の一員として本気で身をささげる人材が、新設組織などに、喜んで異動してくるはずがない。警察庁の所属となった”対人外生物異物対処班”は能力の点では申し分ないが、組織に執着の人間――あぶれ者たち――の集まりになった。
発足を国会議員の親友にかけあって、隊長職に納まった１名――相崎善行――以外は。
とはいえフリートは警察・自衛隊への指揮権をもっているし、機動性担保するための指揮車、特別仕様の武器の携帯を許されている。隕石関連の事件・事故に限定されてはいるが、独断で活動できる団体なのである。指針にそう決められた。
「……マジ、ゴミ処理がかりだもんな。」
組織ができで１年。隕石落下はとっくに別の国へ渡ってしまった。この１年は、組織の下地づくりに奔走。日本は意外と広い。ひとつの国に寒帯から亜熱帯の気候が混在するのだ。いつ隕石――隕石集中地帯――がおこってもいいように、北から南まで、指令部をおける拠点を確保することに、相崎善行の１年は費やされた。
『隕石？ どこに落ちるっていうんだ？ あんた”杞”の生まれかい？ 』
杞憂。
中国古代の周代。天が落ちてこないかと憂えた”杞の国”の民を笑ったのが語源という。隕石を空にたとえて、落ちるのを本気で心配してるかと、からかう役人はどこにでもいた。どこかの解説者の受け売りで、狭い日本に落ちる確率は果てしなく低いから予算の無駄だと。
金だけでは解決しないことは、けっこうある。いざというときの土地をのため、頭をさげまくった。そして２週間前、杞憂が現実となる。世間はあらゆる期待と、それを上回る責任を押し付けてきた。手の平返し。世論は一変したのだ。
「たったの６人でなにができるよ。キミもそう思うだろ？ サブチーフ殿」
サイド席の射妻エリカはリーダーをジロリと睨んで受話器をおくと、すらりとした足を机の下で組み替えた。左手ではキーボードを高速打鍵、右手では百円ショップで買った自前のクリップボードにペンを走らせ、再び受話器を持ち上げ、「お待たせしました」と声の笑顔で対応する。
「……はあ」
状況を分析するPCと、世界地図に隕石情報が逐一表示されるモニターに囲まれた作戦室兼相談室は、今日も電話が鳴り止まない。アラーム音はカットされてる。そのかわり、着信を示すランプのカラーが煩く色を変えることで、通話の待機が複数に登ることを報せてる。
「電話おおくね？ テレアポチーム何をしてんだ」
その数１２件。相崎は電話をとることをしない。事務と名の付くことは、なんでも苦手なのだ。サブチーフに任せっきりで、ぼやいているだけだ。
「１２件。すべてそのテレアポチームからです隊長。２件増え１４件となりましたが」
「なぬ！」
当初、フリートの緊急電話番号がなかなか浸透せず、市民からの通報はつねに遅れて後手にまわってばかりだった。落下現場に駆け付けても、価値ある物は持ち去られている。ネットで、いかがわしい商品の横に並ぶケースも後を絶たない。
そう。
恩恵隕石は、高値で売れる。
未確認生物は、ペットとして人気がある。
政府は大規模キャンペーンを施行。シンプルな番号とSNSは、国民の誰もが知るところとなった。今のように電話がひっきりなしなのは、そのおかげだ。
「テレアポチームが対処をできるのは間違い通話と一般情報に限られます。裁量を超える通報はすべて、この指揮車に送られてきます。例をあげますと、子供が転んで怪我、亭主が行方不明、持ち主不明のゴミクズ発見――など。怪しそうと思われるものはどれもです」
「けーさつに回せよ！ それに最期のなんか自治体案件じゃねーか」
説明をしながら射妻エリカは、SNSへ返信する。トリートメントが行き届いた腰まである栗色髪。電話は受話器から、かぶったヘッドセットに切り替えて応対。そつがない。１秒たりともスキのない応対力に、相崎は舌を巻いた。こいつには口が二つもあると。
複数の着信を示すランプカラーの点滅数は、徐々に減少していく。色は赤と青の２色になって、着信１を示す青のみとなった。
「まぁ、鳥かごから小鳥が消えたのね……お庭をさがしてごらんなさい。みつからないとしても、心配はいらないわ。きっと小鳥さんは、高いところからあなたのことを優しく見守ってくれているから。ええ……小鳥さんは、あなたに思い出をくれたのよ」
子供訴えに優しく微笑んだところて、最期のランプも消えた。１４件を処理したのだ。
訪れた静寂。相崎は、なにもしていないのに、肩をコキっと鳴らしほっと息を注いだ。優秀なサブチーフの冷めた目が、これはあなたが望んだ職務であって私には迷惑だわ、と無言で語っていた。
「……これを。わたしが精査した澱です」
「おり、ゆうな」
今どき手書きのメモを渡した射妻エリカは、流れる手さばきで120インチのメインディスプレイに付近の画像を大写しする。紙かよと、怪訝にメモを受け取った相崎が、液晶の上に紙を這わせて表情を緩める。なるほどこれは見やすい。いちいち画面を切り替えたり、左右の情報に目を動かさなくていい。
メモもいい。だが。
「なに！ 軽量隕石が北区篠路にだと！」
リラックスコーナーで支給の缶コーヒーでも物色しようかと立ち上がりかけたが、内容に驚いて、腰を戻した。
「20分も前のことじゃねーか。なんでそんな時間が……ああ、おり、な」
玉石混じった通報で肝心な情報が遅れたのだ。刈り上げを掻きむしる。
「……隕石集中地帯から10キロも離れてる？ よりによって隕石生物いや、もっと危険な」
軽量隕石は、１６年前から地球に落下するようになった衝突衝撃の小さな隕石。普通の隕石は大気摩擦で燃え尽きるが、軽量隕石は原型を留めたまま地上に届く。インパクト影響が非常に過少で、質量の１万分の１しかない。地上にやさしい隕石なのだ。
南野宮教授によれば、大気摩擦と相性の良い電磁波でくるまれ、摩擦が減殺されるのだとか。衝突のときの破壊力が消滅し、宇宙にあった姿そのまま地表までお届けされると。
南野宮は”自称”隕石調査活動家。人類宇宙人説、海水外来説（氷星と塩星が激突して生まれたのが海水となった）、巨大生命退化説などで、マニア向け科学誌をにぎわしている。
その軽量隕石の90％が落下集中する地帯が隕石集中地帯。一か所に最小２８～最大１０９発落ちると、場所を変える。世界中、これまで、500を越える隕石集中地帯が確認されているが、海や砂漠、人の住まない山脈など、未確認のゾーンもあるはずで、完全な把握はできていない。
隕石集中地帯は決まって、北半球の北極圏以南に限定されていた。範囲は必ず直径1200メートルに収まっている。時間帯にも特徴がある。夏期は日中に、冬期は夜に多かった。ただし、フェニックスソルト川ゾーンだけは例外で昼夜通して落ち続けた。
場所、時間、範囲。どれもこれも謎だらけで、原因はいまだに解明されていない。
運悪く隕石集中地帯となった街はすべてが壊滅された。そのため隕石群発地はすぐさま侵入禁止で、住民は120分以内に強制退去させられる。高く頑丈な柵が張り巡らされ、50メートルの緩衝エリアが設けられる。
日本での発生はこれまで、陸地の広島県1箇所のみ。次がここ。札幌市豊平区であった。
2年ぶりとなる隕石集中地帯の発生。急ごしらえのフリートのコンテナ指揮車が、相崎が成果を挙げた土地に配置完了したのは10日前のこと。隕石落下は過去に照らし合わせれば、早ければ、数日後には終息をむかえる。
あくまでも前例を踏襲するなら、だが。
「隕石のすべてが隕石集中地帯に落ちるわけではありません」
ゾーンの中心地は月寒公園。メモの北区篠路は、都市の中心街を挟んでやや反対側。想定外にもほどがある。
「ヤバいな。急行させよう、誰が……」
「すでに全員が出払っており、ここにはチーフとわたしのみです」
「そうだよな」
相崎の指がディスプレイ上に、チームのシンプレスマップを開いた。GPSで隊員証を兼ねたスマホを自分を含めたメンバーの居所が一目となる。習慣で、頭の中で補正がかかる。かつての所属と年齢だ。
相崎善行 チーフ 豊平区（コンテナ指揮車） 元陸上自衛官１尉 ３２歳
射妻エリカ サブチーフ 豊平区（コンテナ指揮車） 元警察官警部補 ２７歳
卯川玄作 厚別区 元海上自衛官三尉 ２７歳
恵桐万丈 厚別区 元警察官 巡査部長 ２５歳
諸星ハヤト 中央区 元警察官 警部補 ２４歳
巨大ほしの 中央区 フリート 初の隊員 １９歳
たった６人。
ほかに上司が二人いる。対処班長の倭沢平蔵３２歳と、補佐の雁刃先 七輝２８歳だ。司令塔であり、現場に赴くことはほとんどない。議員でもある倭沢は多忙だ。いまは東京の本部。札幌のモニタリングマップにポイントされない。
それでも８人。戦力不足にもほどがある。これで日本全域をカバーせよと政府は語るのだ。苦笑しかない。どうにか成り立ってるのは、支えてくれる医療・補給・武器・運搬のバックヤードチームが奮闘してくれているおかげだ。
「篠路に一番近くいのは……諸星ハヤトと巨大七光か」
「中央区とは変ですね。向かわせたのは豊平区の隕石集中地帯だったはず」
「巨大だろうな……あの問題児め」
モニターに向かって怒鳴った。
「者星、巨大、どこで油うってーーなんだ？」
パトロールにあたる車は軽量隕石回収もできる特別車だ。車載カメラが内と外に取り付けられ、車内と車周囲は、指揮所でも見られるようにできている。
諸星・巨大の車が捉えたカメラ画像が、メインモニターいっぱい拡がった。車外カメラは穏やかな繁華街の街並みを映しだす。いっぽう、内部カメラは暗い。不調か、もしくは送信システムの不具合か。
「３号車。どこにも異常はみあたりません」
サブチーフが、相崎が訊くよりも速く、静かに応えた。
異常がないとすれば、この現象はいったい。
まさか、中央区にも軽量隕石が落ちて、いや、外部カメラは正常。大通り公園では、焼きとうきびやソフトクリームを楽しむ観光客で賑わってる。気持ちいい緑に染まっていた。居場所はともかく平和そのものだ。
「なにが、おこってるんだ。応答しろ！」
『あ、チーフぅ。聞いてくださいよー。イケメンタウンマップ、嘘っぱちなんすよー』
「タウンマップ？ ………………いやいい。察しがついた」
車内カメラを拭き取る者星。
ソフトクリーム。
巨大のいうタウンマップ。
相棒、もとい見張り役の諸星ハヤトはなにをしてるのか。
いや者星を恨むのは筋違いというものだ。巨大を採用した人事。組ませた自分。
倭沢はじっと者星をみつめ、目で謝罪した。心の底から。
『巨大ほしの。休憩終了につき所定の地域に戻るッス』
「あーーーーいい。戻らなくていい」
『えええ？ まさか…………まさか東京栄転っスか？』
「どこからそんな楽天発想がでてくる！？」
いちどでいい。巨大の頭を勝ち割ってみたいものだと、これもまた心の底から思った。
「行き先変更だ。北区篠路へ行け」
『？ 篠路に？ 理由は』
「隕石生物だ。隕石集中地帯外に落ちたんだ。未確認だが、寄せられた情報によると。ユーテネスの公算が高い」
『ゆ……』
やや、間があってから『了解！』『了解！！』という声が力強く重なった。
「卯川、恵桐、お前たちも向かえ！」
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