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０５ 敵をたおす敵
市民すべてが、テレビに釘つけとなった。
当然であろう。類のない災害が自分たちが暮らす都市の郊外で、暴れまわっているのだから。仕事も勉強も、手に付くはずなどない。
防災グッズを子供に背負わせる父親。コンビニやスーパーには、人々が押し寄せ食べ物から先になくなった。買えるだけ篠路から身体ひとつで逃げてきた人も数多い。
電気店、街頭、広告パネル、タクシー、バス、学校、デパート。家庭や職場はいうまでもない。あらゆるテレビのチャンネルが、ヘリを派遣した地方局の情報番組になっていた。
画面でヘリのアナウンサーが、折りそうな勢いでインカムを鷲づかみしていた。腕をふりまわし、眼下の出来事を絶叫する。
『 ……新たな巨大異星人が現れました！
非常に特異な姿をしております。
最初のユーテネスが細かな石てできた、鞭腕黒石怪物なら、
２番目に現れた生物はすらりとして見惚れる人型です。
これはＣＧではありません。何度も申します。ＣＧではなく実況中継です！
北海道の札幌の郊外でおこっている事件を上空から中継しているのです！』
ローカル局が流した怪獣映画まがいの中継映像は、各国のテレビ局もとびつき、世界中で放送、注目を集めていた。
はじめ、偶然チャンネルを合わせていた１０億もの人類は、凝ったフェイクニュースと笑いあった。日本も案外やるものだと感心したほどだ。だが視聴者の曲解は速攻でふきとばされる。現地ユーザーが多数、同時刻同地域の場面を動画サイトにアップしはじめたのだ。別視点から撮られた映像は、どれも遠距離。焦点が定まらなったりブレたりしている。どれもが、本物と確信できる迫力があった。
日本人以外から発信された動画もある。信じざるをえなかった。カメラが映しているのは、横倒しの黒石怪物とそれを見下ろす巨人。
２体の巨大異星人には明かな違っていた。
先のユーテネスが五体と尾があるだけの異怪物だとすれば、新しいほうは完全な人型。つるりとした外被。かすかに発光してるようなライトブルー。首のある頭部には毛髪こそないが、明らかな目口と思しきパーツがあり、親しみがもてた。中性的なまめかしさもある。
黒石が二つあるヒジ関節の１段目を地面につけ踏ん張った。身体を起こそうするが、ずぶずぶと腕と身体が沈みこむ。表土が薄かったのか、下層に堆積する軟弱層にのめりこんでいくのだ。脱出しようともがくが、起き上がれない。かえって、埋まった腕が深く埋まっていく。アリジゴクに落ちたアリ。町を破壊した勢いがない。哀れでさえあった。
『 このような状況ではありますが。私。とっても感激しております！
感無量。恥ずかしながら、言葉がみつからないくらいです。
なぜなら、怪獣や特撮ヒーローが、子供ころからだいだいだい大好きでして、
部屋は怪獣やヒーローフィギュアやポスターでいっぱいなんです。
まさかこのような光景を目の当たにでき、なおかつ実況できる日がくるとは
アナウンサーになって本……』
突如、アナウンサーの声がテレビから消えた。カットされたらしい。現場映像はそのままで、番組スタジオが右下の小窓された。映し出されたのは情報番組のＭＣの頭。頭をたれている。平身低頭だ。
”た、ただしま、ふ、不適切なコメントがありましたことを、
こころから、お詫びもうしあげます。
いまのは、あくまでも個人の意見でございます。
当放送局の総意ではないことを、しかと強調させていただきます。
あ？ ………はい。
すスタジオには急遽、宇宙飛来の専門家ににお越しいただいてます！”
ワイプが増えて、２つになった。映るのは軽く白衣をだらしなく羽織った30代の男。字幕に”南野宮教授”とある。
”どうも”
”初めまして。南野宮教授。えー、みなみのきゅうサンて読むんですかね。 それとも、なんやぐうサンでよろしいので？”
”カンペを横目になに？”
”……すみません”
青い顔のタレントMCがウケを狙うがはずれ、青い顔がますます青くなる。挽回する名案も思いつかないようだ。番組は進行していく。
”えーーー。ご存知の方も多いでしょうが、ご紹介しますね。
南野宮さんは大学教授で、隕石の専門家です。
とくに軽量隕石の研究に力を注いでおりまして、
この分野では世界トップクラスといわれております。
巨大生物はかねてより懸念は、されてましたが、
実際に出現して、驚いている人がほとんどでしょう。
わたしもその一人ですが、よりによって２体同時です。
先生。これってどういう状況なのでしょうか”
どのような持論を展開してくるか。ＭＣは、番組の盛り上がるコメントを待った。
”あーーーーーユーテネスとか言われとります隕石の生命体ね
私、あの言い方嫌いなんすわ。どこのどなたかが、
知恵をしぼっておつけになられたのでしょう。
ヒットを飛ばしたつもりだったんでしょうがね。
ひとカケラも、センスってもんがない命名ですな！”
”名前……ですか”
”そうです。あれをみてどうおもいますか？”
”相当にでかいですね”
”そう、でかい。とてつもなくね。ユーテネス〈巨大な異星人〉は、
３メートル以上の隕石生物と定義されとります。
でも。一目でわかるとおり、ユーテネスなんて可愛らしい名前じゃ表せない
でしょうが？”
”では教授ならなんとおつけします？”
”そうですな。わたしなら、もっと恐ろし気な名前をつけますな”
”恐ろし気というと？”
”宇宙からぶっ壊しにきた外来種で、化け物ですからな。
壊すだけの、危険な怪物です。破壊の外来種ですよ！
それを外国語に当てはめるわけです。濁音がポイントです
たとえば英語なら。
破壊はデストリクション。外来種はエイリアンスペーシズ。
ははは、でましたな〈エイリアン〉！
こいつをもじって、〈デスドリアン〉なんていかがかね？
いい濁音ぷりではないですか。敵キャラの定番ですな
まあ言葉遊びです。〈なんやぐう〉よかマシでっしゃろかね”
”水に流してくださいよ。デスドリアン……たしかに恐ろしい気がします。
ついでっていったらあれですが、後からやってきたほうは？”
”後からきたほうは、ミテクレがなんかカッコいいですな。
味方してくれたら嬉しいけど、ありえないでしょう。どうなるか未知数ですな”
”どちらも隕石の巨大生物ですからね”
”いっそ本当にたおして、人類を守ってくれたら、
そしたら〈ガーディウス〉とでもつけましょう。守護巨人です
呼び方は大事ですな。はっはっは”
”名前が決まったところで、現場に動きがあったようです。宏須木さん！
（こんどは大丈夫ですよね？ 局の運命がかかってると思ってください！）
マイク渡します”
『こちら現場！ 動きがありました。
なんと、最初のユーテネス……デスドリアンでしたか。
守護巨人が殴りかかってます！
まったくもって一方的！ 相手に見せ場のターンを与えようともしません』
”たのみますって！”
宏須木アナウンサーが言ったように、戦いは一方的であった。
ユーテネス改めデスドリアンは湿地にハマって身動きできない。
守護巨人が慎重ぎみに近づく。
足をひいて軽く脇腹を蹴り込むと、するどいジャンプで一歩退がった。
デスドリアンは脱出しようと身をひねる。
だが半身は地面のなかで、捻ることさえできなくなった。
もがけばもがくほど、身体は沈んでいく。
アリジゴクにハマったアリのことく。
守護巨人が再び近ずく。
足を思い切り振り上げる。かかと落としだ。
デスドリアンがギャーギャーと叫んだ。
もがいた。すさまじくもがいた。
しかし身体は動かない。
ガーディウスは蹴る。蹴る。蹴る。右脚左足。上から。連続の蹴り攻撃。
デスドリアンはたまらず片腕を出して防いだ。
その腕ごとガーディウスは蹴る。蹴る。蹴る。
蹴りがとまった。ジャンプして馬乗りになる。
黒い腕を膝で抑えこんだ。マウントポジションだ。
殴る、殴る。左から右から。すさまじいラッシュ。
息をつくまなど与えない。
ここまでガーディウスは、湿地に踏み込んでいない。
危ないと思しき地面には足を触れてもない。
湿地という海に浮く船。デスドリアンがそれだとすれば。
船を沈めようとする海賊がガーディウス。
攻撃は執拗かつ確実。すべてを安全圏から。
『もはや勝負は決まったようなものです！』
アナウンサーの実況に熱がこもる。
デスドリアン上でガーディウスは跳ねる。跳ねる。
跳ねるたびに、地の中へのめり込む黒い怪物。
頭部はとっくに地の中だ。
『おおっと！ デスドリアン足をつかんだ！ ここで攻守交替か！』
しゃにむふりまわした黒い手が、ガーディウスの白い足首を握った。
最後の抵抗。意地の反撃。攻守が逆転するのか。
ガーディウスは、安全圏に跳び戻るのか。
『なんと、しゃがんだあ！？』
ガーディウスは、逃げるどころか敵の上にしゃがみ込む。
つかんだ腕をつかみ返して。
そして。
引きちぎった。
グンギャアアアアアアアアア…………ア……ァ…………。
空気を裂き、雲も散り散りふき飛ばすほどの悲鳴が大気を突き通す。
沈痛ないななきを最期に、デスドリアンは沈黙した。
動くことをしなくなった。
ヒジの２番目の関節から上だけを残して地面に呑まれた。
『や、やりました。勝者ガーディウスッ！ ヒーローの誕生です！』
ヘリアナウンサー宏須木が声を涸らす。カメラには映ってなくとも伝わる狂喜だ。
街角に出向いた別のカメラが市民たちの表情を映した。安堵する男性。実況の熱にあてられて興奮する高校生たち。不安顔の老婦人。共通するのは向けられたマイクに返事ができないことだ。恐怖と畏敬をもって見守った市民たちには、不安材料がある。街角インタビューのマイクに、市民のひとりがつぶやいた。
”共倒れだったほうが、よかったな”
ワイプの南野宮教授の眉間にもシワが寄る。
”本当にたおしてしまった。どうなるものだか”
たたずむガーディウス。撮影してるのはヘリのテレビカメラ、遠目のマンションや住宅からの一般のスマホ。世界中が固唾をのんでテレビ画面やネット動画に見入っていた。
『ヘリです！ヒューイとコブラです。自衛隊に許可がでたのでしょう。しかし、もう終わりました。町を壊した悪のデスドリアンは、正義のガーディウスが地中に葬ったのです』
回転翼の爆音をたてて近づく新たな２機は、UH-1JヒューイとAH-1Sコブラ。陸上自衛隊に配備された攻撃ヘリだ。とはいえ2機の運用は全く異なる。
ヒューイは人員輸送や救助が目的の汎用ヘリ。アメリカ軍では機関銃が装備されるが、自衛隊はドアガンのみだ。いっぽうのコブラは多彩な武装を備える攻撃ヘリ。M197旋回式3銃身20mm機関砲、70mmロケットポッド、TOW（対戦車ミサイル）。陸兵にとって防御不可能な悪夢といえた。
『破壊は終わりました。多くの課題が残りました。ですがまずとりかかるべきは復興で……なにをするんだ！』
コブラが70mmロケットを発射した。
余裕をもって見上げていたガーディウスは、片手でロケットをキャッチした。だがつかんだ掌中で爆発。指が2本吹き千切れ落ちた。いけると踏んだコブラは、さらに接近すると、20mm機関砲を撃ち込む。
装填760発が、８０秒足らずで消費され、ほとんどを撃ち漏らすことなく、動かないガーディウスの身体に着弾。破裂していった。
『味方だぞ！ 自衛隊！ なにを考えてるんだ！』
ヒューイも静観していない。
自衛官は、解放したドアから宙に片足をぶらつかせ、12.5ミリ機関銃で支援する。
ガーディウスは逃げない。抵抗もしない。腕を十字にしての防御だったが毎分６００のガトリング弾にはなすすべがなかった。砲弾は効いていた。腕や身体に無数の傷。その傷は異星人の肉片――細胞――を壊し、深く深くえぐっていき、ついに肘を破壊。左の二の腕がぽとりと落ちた。
ヘリの攻撃は止まらない。仕留めるつもりなのだ。コブラの最後の兵装はTOW。対戦車ミサイルだ。５０メートル以上の高みから、ガーディウスをロックオン……
『ああああ！！ 敵の敵は…………敵になってしまうぞ！ お前！ 責任とれんのか！』
発射の直前、ガーディウスがジャンプした。自分の倍はあろうかという上空まで、一気に跳んで、負傷していないほうの手でコブラを鷲づかみにして、着地した。
構造を理解しているのか、プロペラには触わらないような慎重持ち方で、コックピットをこじ開けた。慌てふためくパイロット。逃げようとするが脱出装置が反応しない。
ガーディウスはヘリを地面スレすれに逆さにした。まるで卓上胡椒でもふりかけるように、乗機するパイロットを降り落とした。人間のいなくなったヘリ。回転翼を地面におしつけて動かなくしてから、デスドリアン墓場あたりに放り投げた。
『……おわった……。わたしたちは、彼の怒りを受け入れなければいけないのです』
だが、まばゆい光が辺りをつつむ。まぶしさに目をつぶるしかない。強烈な光に画面もホワイトアウト。光が終息したときガーディウスの姿は消えていた。
”警告ってことかね。肝に命じとこう。２度目はない”
南野宮教授の呟きは、世界中に拡散されてった。
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