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「うーん、できた! もはや数学というのは私を苦しめるためにあるんじゃないかと思うぞ」
「まあ、それについては文系の人はほとんどそう思っているかもね。僕は文系クラスだけど、数学が得意だから例外かもしれないけど」
「そうだ、ヤマタケが例外なんだ。だいたい、何でヤマタケが文系クラスにいるんだ?」
「好きとできるは違うからね」
「まあ、そういうところもあるかもしれないな。人という種は自分のないものに惹かれるものだしな。生物学上、生存していくためには、自分と違うものを取り入れるのが、正解だと言える」
すぐに卑弥呼さんは話を難しそうにする。
「それなら、卑弥呼さんはたいがい人と違うから、誰を受け入れても大丈夫だね」
軽口をたたき、場を柔らかくしようと試みる。ケタケタと卑弥呼さんが笑う。
「私が人と違うのではなくて、周りが私と違うのだ」
「それって一緒じゃない?」
「ずいぶんと違う。自分は結局、自分にしかなれないのに、下手にまわりと合わせようとするから、みんなおかしくなる」
「……でも、協調性って大事じゃない?」
「自分を大切にしないやつが、周りを大切にできるとは思わん! だから、私はまず自分にとって快か不快かで判断している」
うん、言っていることはただのエゴイストな気もするけど、ときおり納得させられそうにもなる。そして、卑弥呼さんの言葉を引用するなら、こうしてたまにある卑弥呼さんとの時間が不快から快になりつつある自分が少し怖い。
「数学は?」
「不快」
「物理は?」
「不快」
「日本史」
「快」
「このメディアセンターでの補習?」
「……ううん、そうだな……」
今まで即答だった卑弥呼さんが初めて悩む。
「……まあ、最近は悪くはない」
何だよそれ! とツッコミながら、少しほっとしている自分もいる。これで不快だったらたぶん立ち直れないぞ、自分。
卑弥呼さんはそのまま、さらに考えこむ。あまりに真剣に考え込むので、何か気に障ることでも言ったかと心配になる。
静寂を取り度したメディアセンターに響く、時計の針の音が聞こえる。
卑弥呼さんは何かに納得したように、うんとうなずく。
「なるほど、私にとって人間づきあいの多くは、不快とまではいかなくとも、面倒で億劫なものだったが、案外、ヤマタケとの時間は楽しみにしているのかもしれない」
「えっ?」
急に珍しく卑弥呼さんが持ち上げるから、焦ってしまう。別に卑弥呼さんに対して、特別な感情は何一つないが、楽しみにしていると言われるとやっぱりうれしい。卑弥呼さんに対する、僕の好感度が初めてあがったような気がする。
そんなよくわからない反応をしている僕に、卑弥呼さんはさらに突拍子もない提案をしてくる。
「よし、ヤマタケ。日曜はひまか?」
「えっ? 日曜?」
「うん、私と遊ぼう!」
「遊ぶ? 卑弥呼さんと? ……ええっ‼」
卑弥呼さんの提案があまりに突然だったので、初めはいまいち脳みそに入ってこない。
遊ぶって何? 卑弥呼さんと休日に、しかも外で会う? いや、待て待て、日曜はバイトもないから、録画した番組を見ながらごろごろ計画が絶賛、発動する予定だったはずだ!
「何だその動揺は? 休日に女の子と会うことが、そんなに珍しいことか?」
いや、そこじゃないけど……と思いながらも、卑弥呼さんに問い返す。
「それじゃあ、卑弥呼さんはよく男の人と出かけたりするの?」
「ああ、しょっちゅう」
卑弥呼さんがにやりと笑う。
嘘だ! あの卑弥呼さんが⁉ たぶん、動揺しすぎて、今、変な顔していると思う。いったい、どこから聞いていいのかわからなくて、戸惑ってしまう。
「ヤマタケ、何焦ってる? 私が男と二人で、街を歩いたり、手をつないだりしないとでも思ったか?」
「えっ⁉ 卑弥呼さんが手をつないで、歩いたりもするの!」
「うん、先週も手をつないで、パフェ食べた」
ドヤ顔の卑弥呼さんを他所に、ショックすぎて、灰になった矢吹丈みたいになってしまう。
「まあ、相手は小一の弟だけどな……ククク、ヤマタケ、勘違いをしていたようだな」
弟……くそ! 謀られた。完全にピュアな男子高校生の心をもて遊びやがって。ラブコメのヒロインなんかがやると、かわいらしく見える冗談でも、卑弥呼さんにされると腹が立つ。
そういう訳で二日しかない休日のうちの一日を卑弥呼さんと過ごすこととなった。
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