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「いてっ」
歩いていた私の頭に何かが当たった。
大した衝撃ではなかったが、何だったのかと辺りを見渡す。
閑静な住宅街。
何かが上から落ちてくるような高い建物もないような場所。
なのに私に当たったのは、十五センチほどの一つの人形だった。
顔もなく、髪の毛もない人形。
デッサン人形だ。
何でこんなものが? と思ったけれど、私はそれを拾い、道の端に座らせる様に置いた。
「全くついてないなぁ……って、やば、遅れちゃう!」
ぶつかったことに対する苛立ちや、謎より、このあと恋人と会うことに意識が向いて、私は急いでその場を後にした――はずだった。
何だか寒いな、と思ったとき。
私の視界には、ずいぶんと近くにある地面と、どこまでも広がる夜空がうつる。
どこ、ここ!?
声に出そうとしたが、でない。
立ち上がってみても、地面まで目前の距離。さらに、指は動かず、カクカクとしか動けない。
体が硬い。
月明かりで見える私の体は皮膚の代わりに、硬い木に覆われて――いや、木製の体になっている。
まさか。
この体に見覚えがある。
今朝方私の上から落ちてきたあの人形では?
「ねぇ、今、どんな気持ち?」
声が上から聞こえた。
顔をあげたら、しゃがみ込むようにしてこちらを見てくる目が二つ。
その目は、その顔は、その声は。
全部、私だった。
「人形って辛いよね。話せないもん。ちょー大変なんだよねぇ。でも、やっと、解放されてよかったよ。貴方が当たってくれたおかげで、人間の体に戻れたからね。って、何言ってるかわからないかな?」
わかるわけない。
私が目の前にいるし、体がこんなんになっているし。
まるで入れ替わったかのような……
「その人形、不思議でね。人に直接触れられると、その人と体を交換できるんだ。必死にカラスにしがみついて、ワンチャン狙って飛んだかいがあったな~何年ぶりだろ、人間に戻れたの」
何を言っているの?
嘘でしょう?
私がたまたま落ちてきた人形を触ったせいで、体が入れ替わった……ってこと?
じゃぁ、私はどうしたらいいの?
私の体を返して!
「おっと、危ない危ない。この体は返さないよ。貴方も体を探しに行きなよ! じゃあね! よい生活を」
そう言って、私の体に入った誰かは走って行ってしまった。
体格が随分違うデッサン人形では、いくら走っても追いつくことはできない。
家に戻ったと思いたいが、この場所から家まで、電車を使っても1時間はかかる。
この人形がひとりで電車に乗れるわけもない。
でも、私は戻りたい。
いや、絶対戻ってやる元の体に。
……私の体探しが幕を開けた。
おわり
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