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「とにかく、ひいおじいちゃんに謝らないと」 「なら、早く帰ろ」  そう言って兄は背中を向けてしゃがんだ。首を傾げると、兄は自分の背中を叩く。 「おんぶ。足すりむいたりとかしたんでしょ、歩き方変だから分かる」  私は咄嗟にケガした右脚を隠した。別に歩けないほどでは、と目を逸らすが兄は早く、と背中を指差す。 「いいから、早く」  そう言われ、渋々背中に乗った。まだまだ子どものはずなのに、その背中は大きく広かった。 落ちないように腕を兄の首にかけると、兄は立ち上がり歩き出した。  先ほどは永遠と並んでいるように見えた墓場は一瞬で抜け、通りの坂を上がっていく。兄の首には汗がにじみ、息は荒かった。いつもは涼しい顔、というかすまし顔をしていることが多いのに。 「あんまりジロジロ見ないでよ、恥ずかしい」  言い方はそっけないが、私を背負うその腕は落とさないようにしっかりと押さえている。 通りの坂を上がりきると、もう見覚えのある家の並びが見えた。  その道路を歩いていると、大人の集団がこちらに向かってきていた。その先頭には、一際小さく腰が曲がったひいおじいちゃんが歩いている。 「千代子ちゃん、千代子ちゃんや」  杖をつきながら息を切らしていた。その後ろにいる母や祖母がすぐ帰ってくるから待ってて、と引き留めている。私は兄の背中から降りると、呼びかけに返事しながら走って行った。目の前まで来ると大人たちは驚き、ひいおじいちゃんは抱き締めてくれた。 「よかったぁ、もう帰ってこんかもしれんと思って心配で心配で」 「心配かけてごめんなさい。あと、これやっぱりあげる」  私は持っていた木靴をひいおじいちゃんの両手に乗せる。ひいおじいちゃんは目を見開いた。 「千代子ちゃん、本当にええのか?」 「いいよ、元々ひいおじいちゃんのために作ったんだし」  そう言うと、ひいおじいちゃんはぎゅっと木靴を掴む。 「ごめんな、千代子ちゃん。変なこと言っちまったばっかりに嫌な思いさせちまって」 「いいの。初めて聞いたときはびっくりしちゃっただけで、今はばんにぃに聞いたから大丈夫だよ だから、死んじゃったときは木靴入れてあげる」  私は木靴の上に自分の手も重ねる。ひいおじいちゃんの手は本当に細くてシワシワで、でも温かい。 「でも、私はひいおじいちゃんに健康でいてほしいし長生きしてほしい」  そう話すと、ひいおじいちゃんは拳を高く上げる。 「そうやな。千代子ちゃんのためにも長生きせなぁな」 「それなら、まず無理しないで早くおうちに帰って下さいな」  母がため息をつきながら言うと、家族揃って道を戻っていった。玄関のぼんやりとした明かりが私たちを照らしてくれている気がした。
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