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「子供の頃はさ、拳で全部どうにかなってたから、本当に楽だったなって思うんだよね。」
酔いが回った俺はいつしかそんなことを口走り始めていた。
「今も何か言われたりするの?」
「女みたいな顔だなとか、そういうのはたまに言われるけど、それは別にいいんだよ。さすがにこの歳になったら聞き流せるようにはなったけどさ、朝の電車は本当に地獄なんだよ。女の子はもっと大変なんだろうなって、つくづく思う。」
「それ、痴漢ってこと?」
眉間にしわを寄せるカンタの顔を見て、自分が口を滑らせたことに気づく。
酒が入るとどうも思考が鈍って、いらないことを口走ってしまう。
思った以上に酔いがきているのかもしれない。
「そんな、毎日じゃないから。たまにだよ。」
「たまにって1回じゃないの?今まで何回されたの?」
そこでもまた俺は口を滑らせてしまい、カンタの眉間のしわは深まる一方だ。
男のくせにと思われているのかも知れないと思ったら、逃げ出したい気分だった。
「ごめん、忘れて。酔ってていらないことを口走ってるだけだから。済んだことだし、気にしてないから。」
「俺が気にする。ミキちゃん家どの辺?」
「○○だけど、それが何?」
「会社この辺だって言ったよね?じゃあ7時半ぐらいの電車に乗るよね?」
「そうだけど、それがどうしたんだよ。」
「俺が朝一緒に乗る。俺が守ってあげる。」
「はぁ?何言ってんだよ。カンタ乗る駅違うんじゃないの?」
「一駅前だけど、俺が迎えに行くよ。降りる駅は一緒だから一緒に行こう。」
「何言ってんだよ。俺が言えた義理じゃないけど、お前も酔ってんじゃないの?」
「酔ってないよ。俺は強いから。ミキちゃんが痴漢に遭ってるって知ってほっとけると思う?」
「俺は男だから。そんな守って貰うほどのことでもないよ。どうせ、乗ってる時間なんて知れてるし。」
「男とか時間とか関係ないよ。それに俺が我慢できない。ミキちゃんに触る奴がいることが許せない。」
カンタは何故か腹を立てているようで、少し興奮気味に見える。
俺はこれ以上いらないことを口走る前に帰ったほうが良さそうだ。
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