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初めての都会で、初めての一人暮らし、初めての仕事。元々要領の良い路也は、他の新入社員達よりもずっと慣れが早かった。
休日、仕事帰りの夜の街。全てが新鮮で刺激的だった。
容姿端麗で若手のエース、その上αである路也に寄って来る者も後を絶たない。中学時代からの地元での鬱屈を晴らすように、路也は遊んだ。
それこそ、男女問わず。大抵はβだったが、中にはΩも居た。だが、容姿も匂いも、そう惹かれる相手は居なかった。しかしそこは、流石にα専用の種と言われるΩ。βを相手にするよりも、セックスは頗る良かった。
群がってくる連中を相手に暫く遊んでいて、それが食傷気味になってきていた頃、偶然街中で高校時代の同級生と再会した。
西谷 遼一。
道行く通行人達の中、一際目立つ長身のその男は、高校時代、とある格闘技で地元どころか全国的に名を馳せた男だった。
(そうか、確かこっちに進学したんだっけ。)
日本最高峰の大学に。
同じαでも、路也よりも数ランク上の同級生は、あの頃も皆の羨望の的だった。
確か、一年下の後輩のΩと番になったと聞いた。
あの頃は何て羨ましい話だろうと思ったものだが、路也の居る方に向かって歩いてくる西谷に右手を挙げると、彼も路也に気がついた。
「何だ、原田じゃないか。大学は地元だと言ってなかったか?」
相変わらず恐ろしい程に整っているが、それだけに凄みを感じる顔を僅かに綻ばせて問いかけてくる西谷に、路也は肩を竦めて答えた。
「その通りだよ。こっちには就職で出て来たんだ。」
「そうだったのか。」
「西谷もこっちで就職したのか?」
そんな風に立ち話をしていたら、西谷の後ろから小柄で細身の男が2人、歩いて来た。
「お待たせ、遼。風悠のやつ、あっちで迷っててさ...あれ?」
「久しぶり。」
西谷に声を掛けて来たのは、高校時代に西谷と恋人同士になった事で一躍校内の有名人に名を連ねた後輩の男だった。
西谷と居るところを、何度か見た事があり、2度程挨拶した事もある。
目立たないようでいて、近くで見ると白い肌に小さな整った顔立ち。意外にも意志の強そうな目をしていて、不覚にもドキッとした事を覚えている。
美しさでは真冬には及ばないが、なかなか綺麗なΩだと、そう思った記憶があった。
成長して、あの頃よりも綺麗になった。西谷と番になったからだろうか、独特の色香も感じられる。
他人のΩだからフェロモンは匂わないが、それを差し引いても十分に魅力的なΩになっていた。
だが、にこやかに挨拶を交わした路也の目を更に釘付けにしたのは、西谷の番が連れていた男の方だった。
ふわふわした色素の薄い髪、大きな蜂蜜色の瞳。可愛らしい顔立ち、細い首、華奢な体。
ぶわっ、と体中の血液が沸騰した。
何て魅力的なΩなんだろうか...。
目が離せなくなった。
路也は、人生初の一目惚れをしたのだ。
その場でがっつくのは流石に用心されそうだったので、その時は挨拶と、西谷の連絡先だけを聞くだけに留めて別れ、後日西谷に飲まないかと連絡を入れた。
呼び出した居酒屋で飲みながら、路也は西谷に、
「あの時、余君と一緒に居たお友達君の事を知りたい。彼の事が頭を離れないんだ。」
と素直な気持ちを吐露すると、西谷は一瞬ポカンとして、それからニッと笑った。
「宮川君の事か。確かに彼は魅力的な人だから気持ちはわかるが...只、なぁ..。」
珍しく歯切れの悪い西谷に、路也は焦れた。
「只、何だ?」
「...宮川君は今、真面目な付き合いの出来る婚活相手を探している。」
「婚活?」
「そうだ。気づいているだろうが、彼はΩでな。只、職場は既婚者や女性が多くて出会いが無いんだそうだ。」
「へえ...。」
ますます理想的だ。
周りには対象になる男やαが居らず、彼氏じゃなく結婚相手を探しているΩ。遊び慣れてスレた雰囲気は無く、他のαの匂いも男の匂いも女の匂いもしなかった。
果実の小さな白い花が咲き初めたような、爽やかな甘い香りがした。
「だから、紹介するのなら同じように真面目な付き合いを考えている人間じゃなきゃならないんだ。」
西谷の言葉に、一瞬真冬の事が頭を掠めた。けれど、直ぐに掻き消した。
こっちに出てきてから、何人もと遊びで寝た。
けれど、一度も真冬に対して罪悪感を持つ事は無かった。持てなかったのだ。
やはり自分は真冬から完全に気持ちが離れているのだろうか、とその度に考える。
だが、今は...。
「宮川君と、真面目に付き合いたい。
取り持ってくれないか。」
「...わかった。一度伝えてみるが...ある程度の身上書を出せるか?」
「わかった。」
この時、路也には真冬にも宮川 風悠に対しても、何の罪悪感も無かった。
真冬とは体の関係どころか心も通いあった試しがない。風悠と付き合ってみて相性が良いのなら、そちらに鞍替えするのも良いような気がした。
真冬とは只の婚約だ。αとΩにとっては、番になっているかどうかが最も重要な事だ。
裏切っているなんて思わない。悪いのは、要求だけを押し付けて、気持ちを繋ぎ止める努力をしなかった真冬の方だ。
路也はそう思っていた。
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