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待ち合わせの場所に来た宮川 風悠は、一言で言うと可憐な男だった。 男で可憐という表現もなんだが、Ω性を持つ男性にはそんな形容詞がぴったりハマる事が、ままある。 「すみません、お待たせしたくなくて早目に来たつもりだったんですけど...。」 駆けて来て、息を弾ませながら申し訳なさそうにそう言った風悠に、とびきり優しい微笑みで路也は首を振った。 「ちゃんと時間前ですよ。俺が、待ちきれなくて早く来てしまっただけです。」 そう言うと、風悠の頬が少し赤くなる。 (可愛い...。) やっぱりこの子は初心なのだ。駆け引きなんか出来ないような、純真な子なのだ、と路也は思った。 路也のやる事、求める事に何時も困り顔ばかりを返してきた真冬とは全然反応が違う。 風悠は路也とやる事、路也と過ごす時間に全力で嬉しさと楽しさを示してくれた。 初めて抱きたいと言った時も、戸惑うような表情の後、羞じらうように頷いた。 「...路くんの事、すごく好きだから、僕もシてみたい、です...。」 心臓を鷲掴みにされたような気がした。 そうだ。恋とは本来、そういうものの筈だ。想い合う気持ちがあれば、片方が求めるばかりではなくお互いに求めるものじゃないか、と路也はときめいた。 風悠は初めてだった。 固く閉ざされていたソコを慣らして解して、やっと狭い道に押し入る事ができた時、ペニスを締め付けるその健気さに全身が震えた。 痛い程に気持ち良い。 更に馴染ませれば、風悠は蕩けるように甘く喘いだ。 「路君、路君、好き...。」 「俺もだよ。」 薄く筋肉のついた細い体は敏感で、路也の愛撫に小さく体を震わせて達する。 路也だけしか知らない風悠が可愛くて可愛くて仕方なくなり、文字通り夢中になった。 探していたものが見つかって、胸の中が暖かく満たされるように感じた。誰かとのセックスでこんなにも充足感を感じられるなんて、路也にも初めての経験だった。 やはり風悠こそが、自分が番になるべき相手なんじゃないだろうか、と思った。真冬の事は、幼い頃から近くにいたΩだったから、本能的に独占欲が働いていて、実際は相性が悪いのかもしれない。そんな気がした。 風悠との仲は順調に深まり、真冬との婚約解消を本格的に視野に入れ始めた頃。 実家の母から連絡が来た。 都会で羽目を外し過ぎないように。原田と斐田、両家の関係性を、きちんと理解しておくように、と。 会社からマンションに帰って直ぐに掛かってきた電話。タイムリーに路也の現状を見透かしたような事を言ってきた母は、たまには真冬に連絡をするようにとも言って電話を切った。 連絡してやれ?真冬からは一度たりとも連絡なんかして来た事すら無いのにか?と、路也は苛ついた。 だが、両家の関係性とは何なのだろうか。自分と真冬の婚約関係以外にも、何かあるとでも言いたげな口振りだった母。 なのに、母は肝心な事を言わなかった。まさか、それを真冬に聞けとでも言うのだろうか? 面倒に思いながらも、舌打ちをしてから真冬に電話をした。 数ヶ月振りに聞く婚約者の声は、変わらず落ち着いていた。路也からの連絡を特別喜ぶでもなく、ごく普通だった。 わかってはいたが、こんなものだよな、と路也は白けた思いで息を吐く。それから、一応の現状報告を当たり障り無い程度に話した。 だが、真冬の返してきた言葉は...。 『それで、いつ帰ってくる予定?』 だった。 ひとり都会に出て、慣れない一人暮らしをしながら新しい会社で頑張っている婚約者に対しての言葉が、それだった。 確かに路也が選んでこうしている現状なのだから、別に労ってもらおうとは思わないが、ちゃんと食べてるのか、体を気遣うくらいの言葉は聞けるかと思った自分が甘かったと思った。 こちらに就職を決めて住み始めて、未だ一年も経っていないというのに、いつ帰ってくるのか、だと? 路也の中で、僅かに残っていた真冬への情が一気に冷めていく。 自分は真冬の、何処が好きだったのだろうか。自分の思い通りに路也を動かそうとしかしない真冬の、何処を。 真冬は美しいが、思い返せば只それだけだった。 只々、傍に居たから。だから真冬への独占欲を恋と勘違いしていたのかもしれない。いや、今となってはそうとしか思えなかった。 「真冬はさ。」 路也は、思い切って探りを入れてみる事にした。今迄は自分が彼に惚れていると思っていたから、そういった部分に突っ込む事が憚られていた。けれど、今は何のてらいもなく聞ける。 「別に俺の事、好きでもないよな。他に好きな奴がいるなら、俺は別に良いよ。」 路也の言葉を聞いた真冬は、暫く押し黙っていた。 『...何で急にそんな事を言い出すんだよ?』 そう返されて、路也は答えた。 「どうせなら、好きになれる相手と一緒になる方が良いんじゃねえかと思ってさ。お互いに。」 電話の向こうで真冬が息を飲んだのがわかった。 真冬はずっと、路也は昔のまま、真冬を好きなのだと思っていたのだろう。だから力関係は自分の方が上だと考えていたのかもしれない。 けれど、今の路也の言葉は、路也の方も真冬に対して気持ちが無いとはっきり告げていた。 『...まさか、好きな人でも、出来たの?そんな筈無いよね。』 何故、そんな筈がないという言い方が出来るのか、路也の方が聞きたい。あれだけ路也を都合の良いように扱っておきながら。 まさか、自分が婚約者でいてやるだけありがたいと思えとでも? 『だって、路也は昔から俺の事が...、』 「あのさ。」 真冬の声が震えているのも構わず、路也は言った。 「確かに好きになったのは俺の方だったし、番になろうって言ったのも俺の方だけどさ。」 『...。』 「それを受けといて、真冬は俺に気持ちなんか無かなかっただろ?俺との関係より、プライドの方が大事だもんな。 俺は単なる保険。良いように扱って良い都合の良い相手。違う?」 息を詰めたままの真冬に、埒が明かないと思い、電話を切ろうとした時、待ってと小さく声が聞こえた。 「何?」 『...良いの?』 「何が?」 要領を得ない会話に、何だか苛立ちが募る。 だが、次に真冬が返してきた言葉に、路也は呆然とした。 『路也のお父さんの会社に、ウチはずっと資金援助してるのに?』 母の言っていた事が、一瞬で理解できた。 路也と真冬の婚約関係は、既に父の独断で、家同士の関係に迄なっていたのだった。
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