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原田 路也には美しい幼馴染みがいる。名を斐田 真冬という。 1つ歳上で、家も2軒隣。 小さい頃から可愛くて、綺麗な自慢の幼馴染みだった。 ‪路也はこの歳上の幼馴染みの事が好きだった。初恋というやつだ。 幼い独占欲から、真冬の友達にも嫉妬して威嚇するくらい。路也は‪α‬の典型で、5歳になる前には‪α‬としての自覚もあり力も発現し始めていたから、殆どがβであるクラスメイト達は気圧されて畏怖を感じる事もあった。そんな調子で2人は成長していき、中学3年に上がった真冬は、バース検査でΩ判定を受けた。 小学校卒業時の検査では、Ω値50%、β値50%と拮抗していたが、今度はΩ値100%と完全に確定していた。 小学校卒業時に‪順当にα‬値100%で確定させていた路也は、真冬の判定結果を聞いて密かに喜んだ。真冬本人は、覚悟はしていたものの、やはり少し落ち込んでいた。昔よりはマシになったとはいえ、Ωの生き辛さはそう変わらない。将来的な選択肢も狭まるかもしれない事を思えば、多感な15歳の少年が先行き不安に陥るのは当然だった。 路也はそんな真冬の不安に付け込むように、番になる前提の交際を申し込んだ。 思いもよらぬ申し出に、真冬は悩んだ。 大多数のΩにとっては、将来を共にする‪α‬の存在は、より良い人生を送る為の保証だ。だからその‪α‬は、優秀であればある程に良い。 番になってしまえば大抵の‪α‬は伴侶のΩに惜しみない愛情と庇護を注ぐ努力をする。 その点で言えば、路也は‪α‬としてはそれなりに優秀だった。容姿だって体躯だって、成績だって。それに、真冬には小さな頃から特別に優しかった事を思えば、路也と番になるのも良いかもしれないと思ったのだ。 Ωなんてつぶしのきかないバース性を突きつけられて将来を悲観していた真冬が路也の申し出を受け入れ、心の拠り所にするのに、そんなに時間はかからなかった。 そんな経緯で交際を始めた2人だったが、その関係は路也の思い描いていたようにはいかなかった。 真冬の家の祖父は厳しく、更には、幼い頃から孫の中でも際立って美しかった真冬を溺愛していた。 ‪α‬ではなくΩだとわかってからもその溺愛が薄れる事は無く、 真冬と付き合い始めた路也は呼び出され、『正式に番になる迄は節度ある交際を、』と釘を刺された。 路也は不満に思ったが、確かに実家の経済力はともかく、自力では何の力も持たない学生の間に真冬を孕ませるような事になっても困ると思い直した。 数年くらい待つ事になっても、真冬が手に入るなら構わない。 路也は16歳になると、真冬と正式に婚約を交わしたが、Ω性を公に知られるのを嫌がった真冬の意思を尊重し、婚約の事実は周囲には伏せられた。 それどころか、歳下の路也と交際している事すら、真冬が周囲に明かす事は無かった。 それでも2人きりで居る時に真冬が路也に冷たいという事は無く、キスくらいには応じてくれる。だが、それだけだ。真冬から求められた事は一度も無かった。 何時の頃からか路也は、そんな真冬の態度に打算的なものを感じるようになっていた。恋人や婚約者とは名ばかりで、保証として都合良く使われているのではと。 けれど、惚れた方が負け。 路也が真冬を好きになり、弱っていたところに付け込んだのだから、それくらいはと気を取り直した。 将来、番になれば。 身も心も固く結ばれた番になってしまえば、真冬の全てを手に入れられると、そう思った。 あと数年の辛抱で、美しい幼馴染みを思う存分好きに出来るのだと、小さく降り積もった苛立ちの全てを飲み込んだ。 そして、高校を卒業後、地元の国立大学へ進学。 その間も真冬との仲は相変わらずで、何時しか路也はそれに慣れていった。 最早、自分が本当に真冬を好きだったのかも曖昧だった。だって今どき、8年以上付き合っててキス止まりなんて話、聞いた事が無い。 流石の路也も、周囲に自分との関係を隠し続ける真冬に対して、猜疑心が芽生えていた。 卒業後の就職で地元を離れたのは、敢えてだ。 両親には、実家の酒造会社に入り、後継修行をしろと言われ、真冬の実家である斐田の家もそう望んでいたようだった。 跡継ぎの若社長として真冬と結婚し、番になって子供を作る。 あれだけ関係を隠されて勿体をつけられたのに、今度は早く真冬に安全な環境と幸せを与えろと要求されているようで、萎えた。 自分の恋心を利用して、一から十まで譲歩を要求して来た真冬。そんな彼に対しての路也の気持ちは、既にすり減ってしまっていたのだ。 何年かはしたい仕事をする、と言って、路也は都会の企業に就職を決めた。最初はブツブツ言っていた両親も、若い内に外で経験を積むのも必要な事だと妥協してくれた。何れは戻って会社を継いでくれるものと考えているからか、諦めたらあっさりと送り出してくれた。 ごねたのは真冬だ。 何故地元から出るのか、自分との番はどうなるのかと、血相を変えて訴えてきた。目の前で泣かれたが、路也の心は冷めていた。だが表面上は、優しい婚約者としての顔を張り付けて、彼を慰めた。 『そんなに言うなら一緒に行く?』 真冬は頷かなかった。 そうだろうなと確信しての質問だった。 『まあ、今迄真冬の言う事、全部飲んできたんだから、少しの間くらいは俺にも好きにさせてよ。気が済んだら何年かで帰ってくるつもりだからさ。』 そう言って笑ってやった路也を、真冬がどんな気持ちで見ていたのかも、もう興味は無かった。
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