十八歳

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 近くのラブホテルをスマホで探し、到着した頃にはすでに空は黒くなっていた。月のように美しくはないけれど、HOTELと書かれた文字がいやらしく光る。十八歳の夜を照らす明かりにしてはまぶしすぎる。  選んだ部屋の番号が点滅され、その部屋に入り広いベッドを目にした途端明らかに早くなった鼓動が動揺させてしまう。自分から誘った相手の期待が膨らんでいる気がして怖いのは隠さなければならない。焦ったように歩美をベッドに押し倒し、目を見ずにキスをした。ん、と声を漏らした歩美の身体が震えているのに気づいたのは舌を入れてからのことだった。 「ごめん…焦った、ごめん…」  自分には頷いてくれると知っているけれど、男性恐怖症なのは変わらない。 「もっとゆっくり、ゆっくり見せて…」  歩美の言葉選びは昔から文学的で不思議な言い方をする。そんな詩的な言い回しをよくもまぁ照れずに言えるなと思うと同時に、それが絵になっているから魅力的だ。  声まで震えてしまっているのを隠そうと、笑顔で俺の背中を撫でる。こんな妖艶な表情を見せる女だっただろうか。ほんの数秒の間にこんなことを思った。歩美以外の女性で自分と気が合う人などいくらでもいるだろう。今の時代、異性との出会いを探すなんて容易だけれど、歩美と瓜二つな人間性を持っている人は他にいるだろうか。いたとして、その人と出会える奇跡はほんとうに奇跡と呼べるのだろうか。いや、違う。やはりどう考えても歩美と復縁できたことの方が奇跡と言える。偶然でも必然でもなく、愛というものがそうさせたに違いない。  一瞬で思考を巡らせたあと、たまらなくなったが獣のように食いつくことはせず、勃起した局部を歩美に触れないように浮かせ、肩の力を抜いて綿のように優しく抱きしめた。 「やっぱり、零は優しい」 「なんや急に」  歩美の首と肩に鼻を押し付けて匂いに包まれながら、籠った声で聞いた。 「私のこと考えて、そんな抱きしめ方してるんでしょ?」 「だって、震えとるやん」  それがさっきの自分のせいなのが情けない。 「大丈夫…もう大丈夫…」  そう言いながら上の服を脱ぎ、下を脱ぎ、下着姿になった歩美に見惚れた。今日のために用意した下着ではないはずなのに、深い青に花が散りばめられたブラジャーがよく似合っていて、おもわず両手で包み込み下着ごと揉み触った。下着は自分が脱がしてやり、露わになったおっぱいや陰毛に興奮を抑えきれず、俺も全裸になった。部屋は暗くし、歩美は俺の顔だけを見つめているおかげで、男性恐怖症の彼女が男の下半身を見ることはなく、そのまま肌を密着させて勃起したそれを柔い肌に擦った。初めて感じる女の子の柔らかいあちこちに息まで荒くなる。決して力づくではなく、隠す両手を離してやり、乳首に吸い付くように胸にキスした。初めて聞く歩美の喘ぎ声。可愛らしく腰を浮かして感じるその声が、童貞の心を狂わせる。波打つ肌に指を滑らせ、女性器に吸い込まれるように右手が伸びる。 「ま…まんこ、触ってもええ?」  照れを隠しきれずに、どぎまぎしながらそれを口にした。歩美も恥ずかしそうに顔を隠して頷いた。  陰毛に触れた時点で男のそれとは違う。指先が小さな崖を落ちるように曲がり、すでに愛液でとろけた膣口を撫でた。ぎこちない動きで手さぐりに触ってみると歩美の身体は偽りなく感じているようで、さっきよりも甲高く喘いでいる。勃起した先でゆっくり腹を撫でて腰を下げていく。互いの性器がキスをすると感じたことのない感触が、性器を伝って全身に力が入る。ゆっくり、慎重に、あそこに全神経を集中させ、勢いのまま挿入しないようにゆっくり腰を落としたが、歩美は痛がっているようでなかなか力は抜けない。 「大丈夫…だから、そのまま、きて…」  吐息交じりの声でそう言われ、浮かせた腰を下ろしていき、熱い体温が性器を包み込んでいく。根元まで挿入されるとシーツが濡れていることに気づき、少し体を起こして股を見やると、処女膜が破れ赤く染まっていた。 「ごめん…血見たら萎えるよね…」 「何言うてんねん、父親から守り続けた処女膜やろ……綺麗」  それから絶頂を迎えるまではそう長くなかった。初めての快感や歩美の表情を前に余裕なんて一切なかったけれど、これ以上男性に対しての恐怖心を抱かせないように優しくしたつもりだ。硬さがなくなった後も数分間挿入したまま抱き合って、乾いた口を慰め合うかのようにもう一度キスをした。 「なぁ母ちゃん…楓のこと、面倒見れる?」  それは久しぶりの重たい空気だった。 「まだ信用ならん?」  それはあなたが言える言葉ですか、と心の中に止め、言葉を探して返した言葉は、 「念のためや、母ちゃんの口からそれが聞きたいと思って」  間違っていないと思うが、深いため息を返してきた母ちゃんはやっぱり信用できないだろうか。  四月からバイトを始める予定で、必死にフルタイムで働き一人暮らしをする予定まで立てている。何故正社員で探さないのかと母にも歩美にも聞かれたが、やってみたかった仕事がバイトからしか雇ってもらえないのだ。 「もう私もあの時の涙はさすがに忘れへん。大丈夫や」 「俺も忘れられへん」  楓が学校から帰ってくるまでの間、昔みたいに荒れていないリビングでこんな会話をした後、昼食を作りにキッチンへ向かった母ちゃんの姿を見てふと思い出したことがあった。 「なぁ母ちゃん…」  喉が勝手にそうしたみたいに、無意識に甘えたような幼い声でそう呼ぶと、母ちゃんは手を止めずに相槌を返した。 「愛されたいって、甘えとるんやろか」  まな板を叩く包丁の音が止まった。 「そう思うんは、甘えてこられへんかった子やからとちゃう?ほんま、ごめんな…そんなこと考えさせてしまっとったんやなぁ…」  震えた声で言い切った後、紛らわすように野菜を切る音が力強く鳴り響いた。 「楓はどう思っとるかわからんけど、俺は、今は…母ちゃんが戻ってきてくれてよかったと思えてる。やっぱ……俺らにとって親は、母ちゃんしかおらへんから、やから…ありがとう」 「もう、やめてや、急にそんな……はぁこの玉ねぎ沁みるなぁ、あんたが変なこと言うから…沁みてしゃーないわ」  料理の音に紛らせて、ありがとう、と小声で言ってくれたのを見逃さなかった。目を腫らしながら食べた昼食の味はしょっぱくて忘れない。頬を濡らしながら微笑んでこちらを見る気持ち悪い顔が、訳わからないくらい好きで、はじめて胸が暖かくなった気がして、どれだけご飯を口いっぱいにかきこんでも離れることのなかった母ちゃんの笑顔が、とても愛おしかった。
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