月の光

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 掛ける言葉のない俺に、泉は儚く微笑んだ。 「先生が私に与えた影響が如何ほどであったのか、ご理解いただけましたか?」 「へ?」 つい、間抜けな声が出てしまう。 「文才なんて要らないです。先生の言葉だから欲しいだけです」 泉がどうしてピアノの話をするに至ったのか、俺はようやく理解した。 「今でもふとした時に囚われて、淵に引きずられそうになります」 闇の中に心が沈む。 ピアノに向けた情熱は、それほど軽く消えはしない。 「今日のように寒い日は、感覚が薄れて少し痛みます」 泉は思うように動かなくなった左手を暫し見つめ、やがて確かめるように握り込んだ。 「それでも私に残された、大事な手なんですよね?」 握り込んだ手は、泉が与えられた環境で、ピアノが無い今と闘う決意を示していた。 「私を動かしたのは紛れもなく先生です。だからこそ、ピアノよりも大事なものを失う訳にいかないと、どうにか折り合いを付けられました」 俺の言葉だからこそ届いたのだと、泉ははにかんだ笑みを覗かせた。 『ピアノよりも……大事だよ』――そう告げたのは俺であった筈。 なのに今、泉の声で聴き違えた気がした。
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