第二章 運命

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 俺は煙草を吹かせる所を求めて屋上に上がっていた。 校内は全面禁煙なのだが、まぁ、一本くらいならバレないだろうと考えてのことだった。 ――ったく、喫煙者には世知辛いぜ……。 人目を気にしながらこっそり吸っていた十代に戻った気分だった。 鍵を開けて、薄汚れた足場を気にしながら屋上に出た。 空に浮かぶ羊雲を見るともなく眺めながら、詰めていた何かを溜息に変えて吐き出した。 「ふぅ……お疲れ、俺」 煙草を銜えて、火を点けようとして――。 ドォンっと腹に響くような振動に思わず身をブルわせた。 真下の階の音楽室から漏れ出るピアノの音だった。 誰もが知る楽曲、ベートーヴェンの『運命』。 もう誰が弾いているのかは想像がついた。 一心不乱の激しい音色――あの揺るぎのない目をした泉透子に間違いないだろう。 彼女はピアノの為だけに今がある。 そして、この先も。 それが彼女の望んだ運命だと、そう思わせる音色だった。 俺は煙草を燻らせ、そんな彼女の音色に水を差す。 「そう急かすなよ……」 ――誰しもが運命と思える何かに出会えるわけじゃあないさ……。
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