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さぁ、日差しはきつくとも気合は十分だ。締まって行こう。
私、新倉透子はやる気を漲らせて軍手をはめていた。
「こっち、このテントの脚はどのテントに使うやつだぁ?」
「さぁ、マーカーが無いから分かりませんねぇ?」
倉庫近くでそんな困惑する声を拾った。
彼らはPTA役員として作業に参加している保護者らだ。
「まぁ、運動場に運び出せば、後は分かる奴でするんじゃあないのか?」
取り敢えず運動場に運ぼうとしている彼らを、私は慌てて止めに入った。
「マーカー無しは旧式のテント用なので、きっと、使わないものです」
例年、旧式は組み上げが難しいことから使っていないことを知っていた。
元生徒会長である経験ゆえだ。
「ったく、誰だよ。間違って倉庫から出した奴は……」
紛らわしいからと、倉庫の中に戻そうとする役員さんの背に向け、更に慌てて私は付け足した。
「これを機に倉庫整理すると会長さんが仰っていたので、もしかすると廃棄処分するために端に出されていたのかもしれません」
蔵出しを率先してしていたのは、会長さん本人だった。
意味があって出したものに違いない。
「そうならそうときちっと説明しとかないと、こっちは何も分からないよな」
「ワンマンじゃあ困るんだよ、ったく」
彼らは作業前にあった説明を聞いていなかったのかもしれないが、旧式の物に関する具体的な説明がなされなかったのは確かだ。
大勢の人で作業する時は、細かい留意点は書面でも記載しておいた方が無難かもしれないと、不平を零していく彼らを見送りながらそんなことを思う。
「透子さん、大丈夫?」
いつの間にか後ろ背にいた直人さんに声を掛けられ、思わずだらしない笑みを浮かべてしまった。
こんな時、フェイスガードは本当に重宝だ。
「旧式テントの扱いで少し混乱があっただけです。今回で全部廃棄処分ですか?」
「そう、場所ばかり取っているからね。後で業者がトラックに積んでいくから、表口に出しておくことになっているんだ」
「すいませんが、こっち、表にまで運ぶのを手伝っていただけますか」
直人さんは先生の顔をして、他の役員さんらに声を掛けた。
「その際、マーカーが付いていないかの確認をしながらでお願いします」
マーカーの付いていないものをすべて表口に運ぶよう促していく。
私も率先して運ぼうとすると、彼の手が私を止めた。
「透子さんは除草作業の方を頼むよ。旧式のパイプは女性にはかなり重いからさ」
確かに適材適所はあるだろうと、私は頷いた。
作業場に向かおうとする私の背に彼の声が追って来た。
「ああ、それと、くれぐれも鎌で手を切ってくれるなよ」
先生は私のことを少し、否、おおいに過保護にしていると思う。
草刈り鎌くらい私だって――。
――使うのは初めてだけれど、まぁ、出来るでしょうよ。
これがなかなかに難しかった。
「全然、切れないじゃない」
もしや、刃が悪いのだろうか?
刃こぼれを疑うも、見た感じでは分からない。
「もしや、お嬢ちゃん草抜きをしたことがないのか?」
近くにいた少し年配の用務員さんが見かねた様子で声を掛けて来た。
名前までは知らないが、私にも覚えのある顔だった。
「いえ、ただ草刈り鎌を使い慣れていないんです」
勿論、草抜きくらいは私にだってあるのだ。
引っこ抜くくらいのことはしてきた。
「どれ、貸してみな」
草を掴んで、彼はいとも容易くざっくりと歯切れの良い音を出して切り裂いた。
見たほどには私のやり方と変わらない。
何が違うのだろうか?
「包丁と同じで、押すんじゃあなくて、引くのさ」
包丁も不慣れですとは、流石に言えない。
しかし、なるほど。
それは是非とも試してみたい。
「やってみな」
促されるまま私は草を掴んで、刃を当てた。
用務員さんが柄を持つ私の手を見つめながら声を掛ける。
「引く」
ざきざきと少しばかり不格好な音をさせながらも、今度は難なく切れた。
「切れました」
顔を上げれば、用務員さんはそりゃあそうだと頷いた。
「鎌が悪いわけじゃあない。あくまでも嬢ちゃんの腕次第だな」
そこで私はようやくハッとした。
手にしている鎌は学校のものだ。
備品管理も用務員さんの仕事の内だとするなら、私は心ない言葉を吐いたのだろう。
「大変失礼いたしました。使いこなせるように精進します」
ぺこりと頭を下げれば、用務員さんは少し虚を衝かれた顔をして、次いで途端に好々爺の顔になった。
「ああ、その意気で頑張ってくれな」
バンバンと私の背を叩いて、彼は意気揚々と作業に戻っていった。
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