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そんな意気込みを奮い立たせて帰って来たものの、どう切り出すかを考えている間に不安ばかりが膨れ上がった。
「だって、直人さんは――」
多分、望んでいない。
私を抱く時、彼は決まって避妊をしていたのだから。
だから、本当に今回の妊娠はイレギュラーだった。
それでも思い当たる節がないかと言えば、無くはない。
多分、一緒にお風呂に入ったあの時だ――。
その日の彼は珍しく酔っていた。
急なことで、夕飯が要らない旨の謝罪と、遅くなるかもしれないことが携帯に入っていた。
そんなことも珍しいことだった。
「くふふっ、ただいま、透子さん」
出迎えた私にしなだれかかって、彼は何か余程嬉しいことでもあったのか、甘えた笑みを零していた。
「お帰りなさい。直人さんがそんなに飲んで来るの珍しいね」
彼を支えながら、ソファに座らせる。
「なんかさ、初めて……飲みに誘って来たんだ」
少しばかり眠たそうな声音で話す彼に、私は首を傾げた。
いったい誰が?
「親父の奴……まだ、勝てなかった。あんな強ぇのな」
どうやら一緒にお酒を飲み交わしていたのは、義父だった模様。
聞けば、ちょうど仕事の終わる頃を見計らったように電話が入ったのだとか。
「『お前、暇しているなら出て来ないか?』って、ははっ、暇なんかあるかよ」
ああ、それは嬉しい筈だと、私までもが喜びの笑みを浮かべてしまった。
義父と彼との間には目には見えない亀裂が確かにあって、どうすれば埋め合わせることが出来るのか、私などにはまるで分からなかった。
どちらも何だか寂しそうな感じではあるのに、互いに牽制しあうばかりで歩み寄ろうとはしない。
「直人さん、良かったね」
どうしてか、今、無性に子供みたいに彼を甘やかしてあげたい衝動に駆られてしまう。
「ぅん、負けたんだけどね」
酔い疲れた様子のぼんやりとした表情で、彼は悔しそうにも顔を綻ばせていた。
そんな顔は、どうにも堪らなく愛おしい。
妻タラシな夫をつい抱き締めていた。
ともかく、そんなお酒の入った状況だったから、お風呂で眠ってしまわないかと気になって、私は浴室の扉越しに声を掛けていた。
「直人さん、あまり長湯はしないでくださいね」
そもそもシャワーだけの方が良い気がしますよと、念を押しながらドアをノックした。
湯船を上がる湯音にほっとしたのは束の間だ。
ガチャリと音を立てて、浴室の扉が開いたかと思えば、もわっと湯気の上がる浴室へと、私は引っ張り込まれていた。
「な、直人さんっ……!?」
「そんなに心配なら、透子も一緒に入ればいいよ」
つい先ほどまで仔犬みたいに可愛らしかったくせに、どういうわけかこちらが怯むほどに冴えた目をしている。
そのまま噛み付かれたみたいに首筋に熱が走り、思わず押し退けようとした手はあっさりと阻まれていた。
「っん、な、直人さ……」
抗議する声は唇で塞がれ、強引に割り込んできた。
聞く耳持たずで攻め込まれて、こんな彼はまだ私の知らない彼だった。
でも、明らかに私が簡単に陥落すると分かり切っての所業だ。
「もう濡れているんだ。一緒だろう?」
反論の余地など与える気のない無遠慮さで、今や水に濡れた衣服の下に、彼の手が入り込んで来たところで、私は観念した。
もう恥じらったところでどうしようもない。身体は否応なしに何処までも正直だ。
だけど、なし崩しなんてまっぴら御免だと、彼以上の強引さで迎え撃って口腔を侵したのは私の方だ。
それに先に手を出したのも。
何処が良いのか、彼の身体を私だってもう知っている。
「ははっ、やっぱ、透子は最高だよ」
少しばかり乱暴に抱かれながらも、辛うじて避妊のことは頭を過った。
覚悟はできていない。
もうダメだとするように手を添えた。
「ん、分かっているから」
そして、それはきっと彼も同じだった。
辛くも避妊はしてくれたのだが……、無きにしも非ずだったわけだ。
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