ハレの日

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 ブライダルアテンダーに案内された新婦控えの間、ドアをノックする。 「どうぞ」 同時にガチャリと開かれた扉の向こう、妻は天窓から降り注ぐ光の下に佇んでいた。 ある程度の想像はしていたよ? きっと、目を奪われるほどに綺麗だろうと。 なんせ、俺が透子に似合うと思って選んだドレスだ。 綺麗に決まっているし、似合うに決まっているし、きっと――。 はにかんだ笑みを零して、俺を見つめてくれる。 「少しだけ、二人にして貰って良いですか?」 少しばかり惚けた俺の声にも関わらず、介添え役の女性たちは扉の奥へと下がってくれた。  眩いほどに透子は美しく、今や十分に実った大人の色香は、一輪のユリの花のような清廉さにあった。 「俺と結婚をしてくれますか?」 うっかり口にしてしまった言葉は何ら変哲もないもの。 しかも、それは既に果たしていたことだと、愚かさに気付いたところでもう遅かった。 「はい、喜んで」 それでも妻は、溢れんばかりの幸せを噛み締めた顔で応えてくれた。 及第点を貰った俺は、用意していた言葉などすっかり忘れて、まぁ、良いかと甚く満足してしまった。 うずうずとした様子で透子は俺の袖を引く。 「腕を、その……絡めても良いですか?」 清廉さとは一体何処へ? 中身は俺のよく知る透子で間違いなかった。 それでも、いつになく甘えた表情は、妻でも母でもなく、恋人のそれだった。 どうやら意識がタイムスリップしていたのは俺だけではない模様。 久しぶりにそんな妻に射抜かれた夫は、たじたじにたじろいでしまった。 「流石に照れますよね」 「ああ、今更だしな」 なんせ二児の父と母になって随分だ。 手など久しく繋いだことはない。 ぎこちない心とは裏腹に、絡め合わせた手は思いのほかしっくりと馴染んでいた。その手に連れ添った年月を思い、感謝を込める。 「先生」 「へ?」 透子の口からは随分と久しく聞いていなかった。 「私をお嫁さんにしてくれてありがとう。本当は凄く、勇気が要ったでしょう?」 透子は当時を労うように俺を伺い見た。 「ははっ、そうでも。こちらこそお嫁さんになってくれてありがとうだよ。透子こそ、清水の舞台から飛び降りる心地だったんじゃあないか?」 透子は応える代わりに、キュッと手を握り込んだ。 どうあっても、手放したくない想いだったのだ。 あの頃があったから、今の俺たちがいる。 ――そして、この先もずっと……。 「大事にするよ」 「はい、私もです」  長らく神に誓い忘れていた解を証明するべく、俺たちは雨あられのように降り注ぐ祝福の嵐の中を凱旋していた。                              ――fin.  
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