第二章 運命

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――ったく、赴任早々になんでこんなことに……。 神様、俺がなんか悪いことでもしたか? 「……」 思い当たる過去が多すぎて、暫し薄らぼんやりと浮雲に流している時だった。 走り寄る足音に気付くと同時に、俺の指先から消えた煙草。 へっ? 「禁煙も出来ない弱い人間のくせにっ!!!」 白魚の指先はしなやかで美しかった。 そんな手に不相応に握り潰された煙、俺は目を瞠った。 泉透子は無鉄砲で考え無しだということが決定的になった瞬間だった。 ――馬鹿なのか? 天才と馬鹿は紙一重というから、この女は後者なのだろう。 俺は苛立ちながら、箸より重いものなど持ったことがなさそうな手を冷水に当てていた。 白い掌にただれた朱色がより一層に痛々しい。 そして、腹立たしい。 こいつは俺を苛つかせるという点で、天才なのかもしれない。 「お前さ、俺に何か恨みでもあるのかよ?」 「……いいえ」 「俺は曲がりなりにもお前の担任で、お前は俺の生徒だ。そこに異論があるのか?」 「……いいえ」 「俺は間違ったことは言っていないつもりだ。反対にお前は百人いれば百人が間違いだらけだと指摘すると思うが、そこに異論はあるか?」 「……いいえ」 「なら、明日からきっちり学校に来い。そして、みっちり放課後は補習を受けろ」 「はい」 やけに素直な返事だった。 訝しんで見上げた顔は、穏やかに笑みを浮かべていた。 それにつられてうっかり俺も吹いてしまう。 「ふっ、なんでそんな嬉しそうなんだよ」 「だって……、せ、先生が……」 泣きたいのか笑いたいのか、泉は戦慄く唇を噛んで、きつく目を閉じた。 やはりこんな時はどっちつかずの気持ちになるものらしい。 「ははっ、やっぱりお前は大した奴だよ」 泉はたった三カ月と半分で、底なし沼から脱出できた模様。 俺は称える気持ちで涙ぐむ泉透子の頭を撫でていた。
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