月の光

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月の光

 此処は街中にある、とある居酒屋。 「祝一周年、乾杯ぁあい!」 さっきから幾度となくジョッキをカチ鳴らしている悪友らを余所に、俺は独り熱燗を手酌で啜っていた。  冬は(なま)よりこっちだろう。 「ホント、協調性ない。これ、一応はナオ君の就職一周年記念なんだからね?」 「嘘つけ、さっきは独身貴族万歳ぁあいっつってたろうが」 ちなみにその前は、晴れてバツイチ記念だった。 やけにハイになっている彼女は、日下部瑠奈(くさかべるな)。 高校は違ったが、言うなれば不登校仲間という奴で、彼女とはゲーセンに入り浸っている時に知り合った。 そして、俺は瑠奈からクレーンゲームの極意というものを教わった。  その時手に入れたゲーム機を、万引きしてきたものと勘違いした父親に、問答無用でぶっ飛ばされ、挙げ句に未使用のまま壊してしまったことは、今でも五指に入る苦い記憶だ。 以来、クレーンゲームはやらなくなった。 あれは普段の行いが如何にものを言うかを学ぶに十分な痛手だった。  とまぁ、少し長いくだりになったが、(よう)は、暇つぶしの遊び仲間が久しぶりに癇首を揃えて集っていた。 「そんなことより、子供はいいのかよ?」 既に三人の子を持つ肝っ玉母さんである瑠奈は、このほど独りで育てていく道を選んだ模様。 「今日は(元)旦那の家にみんなしてお泊りなの。薄情にも母さんを独りにして、朝からウキウキしながらお出掛けよぉ」 それで今日という日は、顔馴染の連中に召集を掛けたという訳だ。 顔馴染ではあるが、中にはハンドルネームしか知らない者もいる。 俺たちは付かず離れずのそうした面子。 「何だかんだ寂しいなら寄りを戻せよ」 旦那の浮気が原因で別れたらしいが、子供らのその様子からしてそう悪い人間ではないのだろう。養育費もきっちり収めてくれていると聞くから、寧ろできた人間だと俺は思う。 「うぅん、そりゃあちょっとは考えたりするよ?子供のこともあるしね。でも、またがあったらヤでしょ」 俺のお猪口を奪って、瑠奈は一息に飲み干した。 ――おい、おい、酒にそう強くもないくせに……。 背後の通路を過ぎたエプロン姿の店員を呼び止めて、ウーロン茶を持ってくるように頼んだ。 「ああ、熱いのでお願いします」 後ろ背に言い添えれば、会釈で応じてくれた。 「ヤダ、まだ飲むからね」 「まぁ、それはそれで一旦落ち着けよ」 こと切れたら厄介極まりない。 「なぁんか、ナオ君。お堅いとこに就職して老成したんじゃない?」 「事実だな。この一年で、ヤバいほど説教臭くなった気がする」 思い返せば、少しばかり身震いした。 「どの口が高説垂れてるんだよって、話だよな」 「くふふっ。詐欺だね、詐欺」 彼女は俺に酒を注いで返した。 「詐欺ついでに言うけどさ、さっきの話。どの道、可能性の無い奴なんていないんだから、ここらで手を打っておけば?」 既に相当回っているのだろう。 溢れそうなほど注ぎやがったそれを啜りながら、俺は彼女の旗色を伺った。 細く目が据わる。 「――ったく、これだから男はっ!何処かに誠実なジェントルマンはいないの?」 「いるかよ。つぅか、浮気に男は関係ないしな」 「お、知ったげに言うじゃん。さてはナオ君もされた口だな?」 お仲間だと、手を差しだされても困る。 「いや、あの頃の俺、そういう女に誘われてばっかだったってだけ」 家にも居辛くて、一晩の寝床を求めて夜の街をさまよっていた頃など、既に時効だとして薄情すれば、瑠奈は引き気味で仰け反った。 「イヤっ、ナオ君の不潔!ふしだら!女の敵!」 「いや、だからさ、求めてきたのはそっち。寂しいと人恋しくなるのは男も女も関係ないって話だよ」 「……人恋しい」 「そういうの、今なら分かるんじゃあないの?」 俺はよく見せられてきた切なげな表情で、憂いを醸し出す。 『行くとこないなら、泊まってく?』 懐かしいフレーズが耳奥によみがえる。 後腐れない女ほど誘う仕草も流麗だった。  琉奈の頬に掛かる髪を一房指先に絡め梳く。 誘いは強引でないのがナンパの極意。 名前はもう忘れたけれど、ホストだった奴の格言は嘘じゃあない。大抵は引っ掛けられた。  彼女らは俺に酔っていたんじゃあない。 寂しさに酔いしれ、当て付けにSEXをしていただけだ。  瑠奈のためらうような顔つきに、俺はニヤリとほくそ笑む。 「今、浮かべたの。旦那の顔だったろう?」 捨てきれない好きは、紙切れ一枚では切れない。 寂しいを顔にいっぱい張り付けた顔で、瑠奈は頷いた。 「ん」 「行けば?」 「……ぎゃ、逆砕したら、ナオ君が責任取ってよね」 「ははっ。そん時は、とことん飲み明かしてやるよ」 そうはならないことを願いつつ、俺は杯を空けていた。  人恋しい。  そんな夜に浮かべた顔に、独り苦笑いを零してしまう。  
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