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待合所のベンチに腰掛け、掃除の後にと持参したサイダーのボトルと共に質問を向ける。
「お前、なして駅なんかに…。こっち来たんだら連絡すればいいべや」
速水はキャップを捻って中身を一口飲んでから、困ったように眉を下げた。
「連絡先、知らないし。お互いスマホも持ってなかったじゃん、あの頃」
「…そだな」
速水がこの町に越してきたのは、中学1年の春だった。
診療所に次の担当が来るまでと派遣されてきた医者が速水の親父さんで、たった1年半だけ田舎で過ごし都会へ帰っていった、期間限定の同級生。
速水がいた時期は、小中一緒くたの学校で俺に同い年の友達が存在した貴重な時間でもあった。
「飲む?」と差し出されたボトルを断ると、速水はキャップを閉めながら他人事のように零す。
「来たはいいけど、道とか覚えてなくて」
「にしても、4時間も突っ立ってることねぇべな」
「時が経つのは早いね」
「…都会でやっていけてんのか?お前」
俺なんかの100倍は頭が良い優等生だったが、どこか掴みどころのない変な奴というのは今も変わらないらしい。
ふと、速水の視線が一か所に留まったのを見て振り返ると、例のポスターがあった。
8月17日。キザシソウ。………。
「折角だら見に行くか?キザシソウ」
妙な緊張感を纏って訊ねる俺に、速水は
「そうだね」
と、あの夜と同じ言葉と笑顔で答えた。
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