また遊ぼうね

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また遊ぼうね

 彼は突然、僕の前に姿を現した。最後に彼と会ったあの日の姿のままで。 ――また遊ぼうね。  僕らが誓ったあの約束が果たされることはなかったけれど。  裏山に二人で作った秘密基地。生い茂った背の高い草をなぎ倒し、二人がくっついて遊べるだけのスペースを確保した。名ばかりの基地だったけれど、僕らはずっとそこにいた。  その日も気づけば時間が過ぎていて、辺りはすっかり夕暮れ時。手にしたカードゲームの文字も見づらくなっていた。 「そろそろ帰らなきゃ」 「そうだね」 「また明日ね」 「うん」 「じゃあね」 「また遊ぼうね」 「約束な」  そうやって僕ら、いつものように秘密基地をあとにした。彼の訃報を聞いたのは、その次の日の朝だった。  彼は家路をショートカットするため、水面に顔を出す石の上をピョンピョンと伝い、川を横切って帰っていた。  前日の大雨の影響で、水位が増していた川。彼は濡れた石に足を滑らせてしまったのだろう。そのまま川に落っこちて、帰らぬ人となってしまった。  あの日、死んだはずの彼が今、何事もなかったように、僕の目の前に現れた。 「久しぶり」  あの日のままの彼は言った。  目の前の彼は幽霊だろうか。それとも幻想なのだろうか。喜んでいいものか、怯えるべきなのか。屈託のない彼の笑顔に押されるように、喉元から引きつった声が漏れた。 「ひ、久しぶり」 「約束を果たしにきたよ」 「……約束?」 「また遊ぼうねって、約束したよね」  彼と最後に遊んだ日の夕焼けを思い出す。僕らは確かに約束した。約束なんかしなくても、どうせ次の日も変わらず一緒に遊んだに違いない。それなのになぜかあの日、約束をして別れたんだった。 「何して遊ぼうっか?」  彼はそれ以上の説明をするでもなく、当たり前のように僕の隣に座り込んだ。  斜めがけしたカバンの中から、たくさんのゲームを取り出し、フローリングの上に広げる彼。それを目にした瞬間、当時の記憶が鮮明に蘇った。そして、彼の突然の出現という戸惑いは既に吹き飛び、気づけばゲームに熱中していた。  あの頃の僕らはボードゲームに心を奪われていた。それも市販のものじゃない。彼自らがルールを考え、手作りしたゲームだ。  クラスの中でも群を抜いて成績がよかった彼は、持ち前の頭脳で、手の込んだゲームを簡単に作ってみせた。ゲームの制作者だから彼のほうが有利だったというわけもなく、頭の悪かった僕は、いつも彼に負けっぱなしだった。 「よしっ! 絶対に勝つぞ!」  僕は鼻息を荒くした。  なんせ、彼は子供だ。卑怯かもしれないが、こっちは大のおとな。圧倒的に有利だ。  手加減でもしてやろうかと甘くみていた僕は、次第に焦りを感じはじめた。そして頭をかきむしる。あろうことか、あの頃を再現するかのように、僕はゲームに負け続けていた。 「くそっ!」  何度やっても彼には勝てない。それなのになぜだか楽しくて仕方がない。  どのくらいの時間、こうして彼と遊んでいたんだろうか。ここは都会のワンルームマンションの一室。あの頃とは違って、夕日に染められることはないけれど、あの日と同じように時間を忘れ、ゲームに没頭している。もちろん、ゼロ勝、全敗のまま。  小型のボードゲームをやり終えたとき、彼がふいに言った。 「約束どおり、また遊んでくれてありがとう」 「えっ?」 「僕はもう、死んじゃったからね」  悲しそうにこぼした彼の身体が徐々に透明になっていく。 「ちょ、ちょっと待ってよ! 時間なんか気にせずに、もっと遊ぼうよ」  ――だってもう大人なんだぜ――そう言いかけて口をつぐんだ。彼は大人じゃない。子供のまま時が止まってる。僕だけが惨めにも大人に成り下がってしまったんだ。  別に彼の死に引きずられて生きてきたわけじゃない。彼の死が僕を変えてしまったなんてことは決してない。僕は僕なりに生きてきたつもりだ。それなのに僕は、ひとつも成長しないまま、無気力で自堕落な日々を過ごしている。大人になんてなりたくなかった。大人にならずに済んだ彼が羨ましかった。  奇跡のような時間がずっと続くはずもなく、彼はどんどん透明になっていく。オカルトのようでいて、当たり前のことなのかも。だってみんな、いつかは死んでしまうんだから。  二度目の別れがつらすぎて、薄れゆく彼を見ながら、ただ呆然としていた。  完全に身体が消えてしまう寸前、彼は思い出したように言った。 「あっ、そうだ! もうひとつの約束も、守ってくれるよね?」 ――え? もうひとつの約束?  全力で記憶を辿ってみるが、何のことかさっぱり思い出せない。  消えゆく彼が僕を焦らせる。もうひとつの約束を思い出せないまま、僕は勢いに任せ答えた。 「もちろん!」  すると、残像のようになった彼がすっと手を伸ばし、僕の手を掴んだ。 「いつまでも一緒にいような! って約束してくれたこと、ほんとに嬉しかった」  そう言うと彼は、掴んだ手に力を込め、僕を引っ張り込んだ。  そうだ。もうひとつの約束を思い出した。  あの日、彼と別れたあと、遠くの景色に溶けゆく彼の背中に向かって僕は叫んだ。確かに叫んだ。あの約束を。  ふと見ると、彼と同じように僕の身体も透明になっていき、ここではないどこか遠くへ吸い込まれて行くような感覚に襲われた。  吸い込まれゆくなか、見慣れた部屋が視界に映る。部屋の隅に立てられた姿見には、彼と仲良く遊んでいた頃の、子供のままの僕が映っており、幸せそうにこっちを見て笑っていた。
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