ざくろをもぐ

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 影の消えた座敷を眺め、縦框に凭れて一息つく。翳した保存瓶の向こうに、座卓の上で微笑む夫を見た。少年は、あそこで私を選んだくらいだ。多分、全て知っているのだろう。  死から逆算しての二年なら、腫瘍を削り取って食べたところで幸せにはなれない。そこにあるのはどうせ、最期まで一緒にいて共に焼け死んだ、あの子の記憶ばかりだからだ。  焼けたあの家は、私が亡き両親から受け継いだものだった。古い木造だったから全焼したが、近所には燃え移らずに済んだ。でもそのまま住み続けていられるほど、寛容な土地でもなかった。夫が禁断の愛を貫き心中した相手は、十八歳の教え子だった。  牧師の義父は私に詫びながらも「犯罪者の遺体」を受け取らず、あの子の両親も遺書の願いを拒否して突っぱねた。だから私が葬式を出し、あちこちに頭を下げ、家を更地にして、骨を砕いて彼の地へ撒いて終わった、はずだった。  本当に何も、少しも変わっていない。  保存瓶と金槌を手に風呂場へ向かい、予定より小さくなった瓶を叩き割る。中から小さな瘤つきの眼を取り出して、新聞紙に包む。私の愛した鳶色は気配もない、白く濁った、煮魚みたいな眼だった。私にはもう、見せたくないのかもしれない。  庭へ下り、枯れ葉を被せて火をつける。思い出して金木犀を一枝、もぎ取ってくべた。  アルコールのおかげかすぐに火は燃え上がり、最後の痕跡を消していく。約束なんて、何もしなければ良かった。 「あなたは、私に後始末ばかりさせるのね」  呟くと、滲んだ視界に火が揺らぐ。できるだけ小さくなるように膝を抱え、奪われていった全てのために泣いた。                               (終)
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