過労聖女、幼女になる。

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 そこから数日間、アラベルはカミーユの手を借りて、全力で遊び倒した。  悪いことを、たくさんした。今まで悪いと信じてきた、ありとあらゆることを試した。  朝ごはんを少なめにしてもらい、お菓子を目一杯食べたり。勉強には関係ない物語の本をたくさん読んだり。  騎士団に付き添われて遠乗りに出かけ、木に登って果実を摘んだり、裸足で川に入って魚をつかもうとしたり。  そのいずれのときも、さりげなく手を貸してくれるのはサイラスだった。アラベルの目がサイラスを探してしまうせいか、彼はいつも側にいた。馬に一緒に乗り、木登りでは下から支え、川で転べばすぐに抱き上げてくれた。 (子どもっていいな……。こんな風に守ってもらえるんだ……)  触れ合うことなど一生ありえないと思っていたサイラスの手に触れて、アラベルは胸をつまらせる。  この日々に終わりが来なければ良いなと願う一方で、そういうわけにはいかないという現実的な思いは日増しに募る。  子どもではいられない。大人にならなければ。  子どもでいたい。またあの生活に戻るのは嫌。  ずっとこのままでいてはいけないのだろうか? そう願うたびに(悪魔に心を操られているのでは)との危機感も高まっていく。  自分では信じられないほど遊び呆けたと思っていた四日目。  このままではいけないのでは、といつもの思いを持て余し始めた頃、アラベルは廊下の柱の影にひょいっとカミーユが入り込むのを見かけた。辺りには他に誰もいない。何をしているのだろう? と遠くから回り込むようにして見える角度に立ち、動きを止める。  カミーユの華奢な体を抱きしめている手。 (ダミアン?)  相手の顔までは確認できなかったが、ちらりと見えた手だけで十分だった。  気づかれないように、アラベルは廊下を走って引き返す。ちょうどそのとき、角を曲がって追いかけてきたサイラスと鉢合わせした。 「ああ、良かった。ほんの少し目を離した隙にお姿が見えなくなって。不覚をとりました」  聞き慣れた優しい声に耳を傾けてから、アラベルは思い余って言ってしまった。 「サイラスや他の皆さんが私に親切なのは、私が子どもだからですか?」  サイラスは真剣な表情でアラベルを見て、口を開いた。 「アラベル様がどんなお姿でも、我々のなすべきことは変わりません。あなたにはずっと、息抜きの時間が必要だと思っていました。いまこうして楽しそうにしてらっしゃるのを見るのが、何よりの喜びです。もっともっと甘やかしたい」 「でも、楽しい時間には終わりがくる。聖女である私は、悪魔を打ち倒して大人に戻ります。そうしたらサイラスはまた以前のように私と口もきいてくれなくなりますか?」 (こんなわがままを言ってはいけないのに、子どもの私は堪え性がなくて……)  奥歯を噛み締め、アラベルはサイラスを見上げた。  サイラスは苦しげに顔を歪めつつも、首を振ってアラベルの心配を否定した。 「それは俺が耐えられません。許されることなら、ずっとあなたのそばにいたい」 「私もそうありたいです。変わりたいし、変えていかなければ……!」  告げた瞬間、胸の中にわだかまっていた黒い塊が弾け飛んだ感覚。  あっ、と声を上げながらアラベルは手を差し伸べる。その手をサイラスがしっかりと掴んだ。子どもの小さな手はみるみる間にサイラスの手の中でおとなの大きさとなり、体もそれに合わせて大きくなった。  急激な成長にふらつくアラベルの体を、サイラスが抱き寄せて支えた。    *  *  その後アラベルは聖堂に戻り、聖女を取り巻く環境改善の為、先頭に立って様々な改革を行う。  やがて若くして引退。  元聖堂騎士の青年と結婚して、長く幸せに生きたという。
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