過労聖女、幼女になる。

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 アラベルは、聖女候補として幼少時より生家を出され、聖堂組織の厳しい環境で育てられてきた。十歳を過ぎる頃から頭角を表し、十八歳になったいま、押しも押されもせぬ筆頭聖女としてその名を轟かせている。  その高名ゆえつい最近までは、無理難題はもとより、他の聖女にまわしても差し支えないような依頼まで「あのアラベル様が」という付加価値のために、アラベルに集中するのが常態化していた。  毎日出ずっぱりという有様、休む間もなく、ついには胃が何も受け付けなくなったほどだ。コップ一杯の水すら飲み干せず、咳き込んで吐き出したアラベルを見て、聖女の護衛である聖堂騎士団の若き騎士たちがキレた。  ――聖女をなんだとお思いか。聖女が起こした奇跡に感謝し、聖堂に多額の寄付を申し出てくれる支援者があとを絶たぬようだが、アラベル様の健康状態は日に日に悪化し痩せていく。それに引き換え、上層部の皆々様はずいぶんとだらしなく肥えているようだが?  それまで、アラベルは護衛騎士たちと一言も会話を交わしたことはなかった。互いの領分を侵さず、交わらず、粛々と仕事をするものだと信じ込んでいた。 (まさかこんな風に、私のことを案じてくれる方々がいたなんて……)  今にも剣を突き立てんばかかりに老齢の司祭に詰め寄ったのは、金髪の騎士サイラス。言葉もなく見守るアラベルをちらりと見ることもなかったが、怒気をはらんでさえ美しい横顔は、強く印象に残った。  聖堂騎士は皆、刺繍の施された白の装束に銀色の軽鎧を身に着けていており、遠くからでも目を引く凛々しくも麗しい一団である。それまでのアラベルの認識はそこまでだったが、その日以来アラベルはひとりひとりの顔をよく見るようになった。そして、彼らの中にサイラスの姿が無いか、ついつい目で探すようになってしまった。  見つけたからといって、会話をする機会があるわけではない。  だが、自分のために怒ってくれたサイラスの存在は、いつしかアラベルの心の支えとなっていた。  その一件以来、難易度の低い依頼は他の聖女にまわされるなどして、アラベルの生活は若干改善された。  しかしもちろん「いざというとき」はすべてを引き受ける。失敗など許されない。  王家からの依頼は、まさにそういったアラベル名指しの案件であった。
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