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「やっぱりね」
愛する妻の横には、小さな赤ん坊がすーすーと寝息をたてて眠っていた。鼻がピクピクと動いている。そんな様子まで愛らしい。
小太郎は恐る恐る手を伸ばして、自分の娘の頬を触ろうとしたが、赤ん坊の顔がむず痒そうに少し歪んだだけで、恐れをなして手を引っ込めた。
その様子を見て、ベッドに横になっていた良子はくすくす笑い声を上げた。
小太郎と良子の間に出来た子どもは、もう無事に生まれていた。女の子だった。
カイトが「娘」と口を滑らせた時点で、もう生まれているのではないかと小太郎はちらりと思ったが、その勘は当たっていた。
「出産、立ち会いたかったのに」
それどころか、妊娠していた事実も知らなかったなんて、なんだか最低な男みたいじゃないか。
「ごめんね、最後まで悩んでたの」
そう言いながらも、良子はたいして悪びれていない。
僕のことも考えてよ、と小太郎は情けない気持ちで、ため息をついた。
「でも、小太郎、本当にいいの?小太郎がここで積み上げてきたものはなくなっちゃうし、もうこれから、普通の人生、歩めなくなっちゃうよ」
子どもが生まれるまで教えてもらえなかった恨みも相まって、小太郎は本格的に腹が立ってきた。
「あのね、だから、なんで君たちは、すぐにあきらめちゃうの?約束だから日本には帰るけど、僕はあきらめてないよ。パティシエになることも、りょうちゃんとこの子と幸せになることも、普通の生活も」
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