後編終章 拓海・ここから

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 凪紗は自分の成すべき事を果たしに旅立った。  美音もその場所が北海道という遠い所だから心配をしていたが、うちの頼りになる保護者達が一緒に動いてくれたのはやはりさすがと思う。フットワークの軽さはうちの一族の特徴だ。  うちの父ちゃんは愛娘を決して独りになどしない。本当は自分が付いて行きたかったのは誰もがみんな知っている所だけれど。 「今日は凪紗の養子縁組の書類を提出に行く」  朝、父ちゃんがそう言って出勤して行ったそうだ。俺は凪紗と莉緒菜おばさんを、福島空港に送ってから仕事に直行したのでその事をあとから美音に聞いた。  凪紗が念願だった出雲家の養女になれる日だ。本当ならちゃんとお祝いをしてあげたかった。 「大丈夫、凪紗が帰って来たら真也と凪紗の入学祝いと一緒にやりましょうってお母ちゃんが言ってたわ。その時は龍矢くんと悠里ちゃんにも忘れずに声を掛けてね」  それならいいや、北も喜んで来てくれるだろう。  あの兄妹も今回のことはとても気にしてくれていた。  美音の所にはこの撮影期間中に悠里から時々凪紗の様子を尋ねるメールもあったらしい。元気な様子にほっとしていたと。  そして北は北で、仕事の合間や土日はファムおじさんの店の様子を見に行ってくれていた。その様子を俺にも知らせてくれるので安心だ。とりあえず莉緒菜おばさん不在時には何も無かったから良かった。   「悪いな北、動いてくれて助かった」 「気にすんな、そっちはGWのイベント前で大変だろ。俺の方は今は手伝える余裕があるからな」  北はそう言ってくれるが真波酒造が年中無休で忙しいのは俺も知っている。俺が時期的に動けない事を分かってくれている、本当にありがたい。  今日は俺が仕事帰りに北の家に寄っていた。前からちょっと話があるので、時間が出来たら来てくれと言われていたのだ。 「あれ、悠里は?」  部屋に悠里が居ない。せっかくあいつの分もファームのアイスクリームを買ってきたんだが。 「すぐに帰ってくる、なんか画材が足らないってさっき仁科んとこ行った」  駅前の仁科文房具店ね、じゃああいつの分は冷凍庫に入れておくか。 「外来専門の病院に移ってからは大分余裕も出て来たらしい、最近はよく絵を描いてるし、ハンドメイドで色々作ったりもしている。楽しそうだ」  そうだったな、北が心配だからゆくゆくは夜勤の無い病院で毎日帰れる仕事がしたいって言ってたっけ。 「そうか、楽しそうなら良い」 「晩メシはどうした?」 「まだ食ってない、ウチで食うから良いぞ」  今日はまっすぐここに来たからな、もう20時近いか。 「軽く食って行け、お前の好きな肉うどんがある。俺はちょうど食い終わった」 「あ、食う」  北家の肉うどんは美味い、本物の日本酒をふんだんに使っての甘みが良いのだ。相変わらず北は料理が上手だ。 「ほら」 「ありがとう」  温かいうどんをゆっくり食べ始める。北も食後のコーヒータイムだ。 「で、なんだ話って?」 「ああ、俺と悠里の父親がどうのって話」  そういや正月頃にアレックスと一緒にそれを聞いた記憶があるけど。かなり驚いたんだがその後は音沙汰が無かった。 「うちの母ちゃんは俺達が生まれた事を相手に一切知らせて無かったらしい。母ちゃんが卒業した看護学校が内陸の山奥なのは知っていたけど、母ちゃんはしばらくその辺りの病院で働いてて、俺達が産まれる前に地元に戻ってきてたんだ。そしてひとりで俺達を産んだ、その後は出雲も知っての通り」  親戚だというろくでなしの親父に生まれたばかりの悠里を奪われた話だ、そのせいでこいつも悠里もしなくていい苦労を散々させられたんだ。未だに思い出しても腹が立つ。  一番悔しかったのは、当の本人達と北の母親だろうけど。 「俺の所に実の父親って人の情報を持ってきたのは一応弁護士でさ、俺はすぐに時任さんに連絡してあとは全部任せたんだ。なんか金絡みもあるらしくてそーゆーのメンドクサイ」  それは賢明だ、どちらにしてもこの兄妹の存在は時任さん抜きには語れない。時任さんならそれを北達の悪い様にはしないだろうし。 「まぁぶっちゃけその父親が死ぬ間際に俺達兄妹の存在を知って、とりあえず山奥の田んぼだか畑とかを残してくれたらしい。結構な広さの割にかなりの山奥だから資産価値が低くて売っても二束三文らしいけど、一応遺産だから故人の遺志を尊重して受け取ってくれって向こうの弁護士がさ。父親はずっと独身で、俺たちの他に子供はいなかったらしい。他に詳しい事は知らん」  こいつらしい、本当に関心が無いんだな。 「うちの母ちゃんと父親の間に何があったのか俺達は一切知らんけど別にいいや。とりあえず時任さんが貰っとけって言うから受け取る事にはした。土地だと管理がメンドイから向こうの弁護士に頼んで全部売っ飛ばしてもらった。で、」  北が自室に入ってすぐ戻って来た。分厚い封筒を手にしてる。 「税金、諸経費その他を差し引いて残った物がそれだ。俺と悠里の受け取り分が合計200万ある、これをお前の所の会社に投資する」  グリーンカウンティに?マジでか!? 「お前本当に良いのか?ちゃんと悠里に相談したのか?」 「した、悠里もその方が良いって。だってあぶく銭だもんってさ」  悠里も悠里らしいわ、あいつも棚からぼたもちなんてうまい話は絶対に無いと思っているからな。 「まぁ墓参り位は行こうと思ってる、等価交換だ」  兄妹揃ってそういう感じか。 「返礼品を期待してるぞグリーンカウンティ、ちゃんと儲けさせろよ」  そう言って俺の親友は眼の前に置いた札束入りの封筒をパンと叩いた。 「ああ、任せろ」      絶対に損はさせないさ、その為にここまで執拗に準備をしてきたんだから。   食の安全を蔑ろにする国に未来は無いと、そう俺達は信じてグリーンカウンティの舵を切ったんだ。
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