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その夜は美夜さんと田中による心尽くしの宴の膳が並んで、藤原社長が知り合いのお店に頼んでいたという大きなバースデーケーキもテーブルの中央に置かれていた。
「ちょっと遅れてしまったがお祝いだから」
鷹の為の可愛い動物がいっぱい描かれた大きな四角いケーキだ。それを見た鷹が喜ぶ。
いつものあの笑顔だ、ようやく落ち着いて来たのかな。
「鷹くん鷹くん」
「あ〜い」
「まぁお返事が上手ね〜いい子ね〜鷹くん」
「あ〜い!」
美夜さんが嬉しそうにずっと鷹と遊んでいる。ここのところの体調は悪くないと藤原社長にも聞いてはいるけど。
俺はキッチンの方に消えた田中を追い掛けた。
「田中さん」
「おう、拓海くん」
「美夜さんの具合はどうなんでしょうか?」
「あ〜うん、まぁ…実は来週手術になった」
言いにくそうに田中が言った。
手術?
「子宮の方に膿腫が見つかった、母さんの酷い貧血はそのせいでさ。ガン化する恐れも無いわけじゃないから思い切って手術で子宮を全部摘出するって」
「そうなんですか?」
それは初耳だ、大事な話なのにきっと美音も知らない。
「あ、大丈夫だよ。母さんも長生きしたいから手術を受けるんだって言ってる。実はさ、近江って覚えてるか?」
「はい」
田中と同じ藤原興産の従業員だ。俺と美音の間にちょっとした因縁がある。
「近江は介護の資格を取ったんだけど、結局母さんが心配だからってそのまま藤原興産に勤めててさ。最近結婚したんだ」
あの時も美夜さんの為に取った資格だと言っていたよな。
「でさ 、子供が出来たんで母さん達に報告に来てさ。近江が子供に社長と母さんをおじいちゃんおばあちゃんと呼ばせてもらって良いかって。ほら、俺ら親いないから」
ああ、そう言ってたな。だから田中達は余計に美夜さんを大事にしてるんだって。
「それ聞いたら母さんがとても喜んでね。自分には鷹くん以外にも孫がいるんだ、病気に負けてる場合じゃないってさ、迷ってた手術を受ける事にしたんだ」
「そうだったんだ」
それが美夜さんに力を与えたなら喜ばしい。まだまだ美夜さんには元気でいてほしいもんな。
「たださぁ」
一瞬田中が遠い目をする。
「俺にまでとばっちりが来ちゃってさ、俺にも嫁はまだか孫はまだかって、もう勘弁して欲しいわ」
ああ…うん、そうなるわな。美夜さんだから。
頑張れ田中。
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