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人間と妖狐と天狗
「なぁ、今日は誰が来るって?」
「青天狗だよ」
「……あいつか」
銀の口から青天狗という言葉が聞こえた途端に、俺の頭にはムカつく笑みを浮かべるイケメン野郎の顔が浮かんだ。
青天狗と呼ばれる男には、前に一度会ったことがある。いま思い出しても最悪な奴だとムカムカする妖だ。
「タケルは青天狗のこと、嫌い?」
「好きとか嫌いとか関係ねぇよ。あいつの態度がムカつくだけだ」
「あー……うん、それはまぁそうかもしれないけど」
銀が少し困ったような顔で笑っている。きっと青天狗が強い妖だから、俺がこういう態度を取ることに困っているんだろう。俺にはそういうことはわからないが、人間にも上下関係はあるから想像はできる。
「……今日は、蹴らないように気をつける」
そう言ったら、少し目を見開いた銀の顔が優しい笑顔に変わった。
銀と初めて契りを交わしてから、そろそろ三年が経つ。俺は大学生になり、祖父母の家を出て銀と一緒に暮らしていた。
はじめは一人暮らしをする予定だった。合格した大学は祖父母の家から通うには遠く、祖父母も「一人暮らしはいい経験だ」と賛成してくれていた。
しかし俺の一人暮らしを銀が放っておくはずもなく、いつの間にか一緒に住むことになっていた。二人暮しなんだから広い部屋にしようと、銀に誘われるままいくつも内見することになった。
銀は妖のくせにやたら条件が厳しくて、「セキュリティはしっかりしていないと」だとか「駅に近くないと心配だから」だとか、人間みたいなことを口にした。ようやく銀の要望に当てはまる物件が見つかったものの、俺にはもったいないくらい広くて新しい部屋だった。
俺は速攻で駄目だと言った。これでは初期費用をお願いする祖父母に迷惑をかけてしまう。ただでさえ入学金や諸々で金銭的な負担をかけているのに、これじゃあさらに迷惑をかける。そう思って「やっぱり一人暮らしをする」と言ったら、銀が「大丈夫。家賃も生活費も僕が出すから」と言い出して驚いた。
妖の銀が人間のお金を持っていたなんて心底驚いた。そもそも妖にお金が必要だとは思えない。これまで銀がお金を使っている姿を見たこともない。
それなのに、どうして持っているのかさっぱりわからなかった。素直にそう伝えたら、今度は銀のほうが驚いた顔をした。
「だって僕は妖狐だよ? 昔から人間には“お狐様”って呼ばれてる存在だよ? お嫁さんを養うくらいのお金は持ってるよ?」
その言葉に、ますます驚いたのは言うまでもない。
どうやら銀は昔からコツコツとお金を貯めていたらしい。どうやって貯めたのかまでは聞かなかったが、とにかく人間の世界でも十分生活ができるくらいは持っていると教えてくれた。
「それに、お婿さんがお嫁さんを養うのは当然でしょ!」
ちょっと古臭い考えだとは思うが、そこまで鼻息荒く宣言されてしまったら「一緒には住まない」なんて言えなかった。
こうして俺にはもったいない部屋を借り、祖父母には「アルバイトを始めたから大丈夫」と言って部屋のことは詳しく伝えなかった。入学式も無事に済み、スーツ姿で撮った写真を祖父母に送って電話もし、ようやく一段落したのはついこの前だ。
そうして始まった大学生活だったが、一つ問題が起きた。それは銀が俺のアルバイトを嫌がったことだ。銀いわく「だって接客業なんかしたら、タケルに目をつけて変なことする人間が出てくるに決まってる!」ということらしいが、そんな奇特な奴は銀しかいない。それにアルバイトをしなければ、来年以降の学費や諸々が払えなくなってしまう。
「そのくらい、全部ぜーんぶ僕が払うから! だからアルバイトには行かないで!」
涙目で縋りつかれてしまい、結局俺はアルバイトを諦めざるを得なくなった。
それからは言葉どおり家賃も生活費も全部銀が払っている。このままだと学費も銀が出すと言い出すだろう。それでいいのかと思わなくもないが、「タケルが心配なんだ」と必死に訴える綺麗な顔を思い出すと、どうしてか顔がにやけてしまった。これじゃ駄目だとわかっているのに、「もっと一緒にいたいから」と抱きしめてくる銀を思い出すだけで胸がくすぐったくなる。
(まぁ、大学を卒業したら一緒にいられる時間も少なくなるだろうし)
だからいまだけだと自分に言い聞かせた。銀に出してもらったお金は、社会人になってから少しずつ返していこう。
こうしてアルバイトの予定がなくなった俺は、大学に行く以外の多くの時間を銀と過ごすようになった。サークルや遊びにお金を使うのは憚られて出かけることもない。そのせいか友達があまりできないままだが、高校までと違ってずっと同じクラスというわけじゃないから問題はないだろう。
そんな俺たちの部屋に初めてやって来た客が、件の青天狗だった。
「へぇ、これが半妖の狐の嫁か」
開口一番、青天狗はそんなことを口にした。一瞬カッとなったが、銀を訪ねてきた客だからとグッと我慢した。それだけだったら、いくら俺でも知らない奴をいきなり蹴ったりはしない。
しかし青天狗の口は止まらなかった。「半妖の狐も嫁をもらうくらいになったか」と馬鹿にしたように言い、「半妖の狐でも嫁を満足させられるのか」と銀を見ながら笑いやがったんだ。それを見た俺はプツンとキレた。キレた瞬間に足が出ていた。
そもそも「半妖の狐」なんて、名前でもなんでもない呼び方をするのが気に入らなかった。銀には俺がつけた「銀」という立派な名前がある。銀はそれを妖たちにも伝えてあると嬉しそうに話していた。それなのに青天狗はイケメン顔で偉そうに銀を見ながら「半妖の狐」と呼んだ。それが銀を馬鹿にしているようにしか見えなくて許せなかった。
まさか人間の俺が蹴るとは思っていなかったのか、俺の蹴りは青天狗の足にヒットした。それに驚いたのは銀のほうで、無言のままの青天狗に何度も頭を下げた。
今度はそれにムカついた。銀は謝らないといけないことは何もしていない。それなのに困った顔で謝る姿にカチンときた。
気がついたら二度目の足が出ていた。しかし今度は予想していたのか、ひらりと躱した青天狗は銀と俺をチラッと見ただけで、何も言わずにベランダから部屋を出て行った。
「青天狗ってすごく強いし怖いから、妖たちはほとんど逆らわないんだよ」
ベランダの窓を閉めながら、銀がそんなことを言った。
「あんなムカつく奴、強かろうがどうだろうが関係ねぇ。それに、銀のこと“半妖の狐”って呼びやがって、マジでムカつく」
見下すような目で銀を見ていた顔を思い出すだけでイライラした。
きっと銀はまだ自分が半妖だということを気にしている。態度には出さなくなっても、ずっと気にしていたことを忘れるなんてできないはずだ。そんな銀に「半妖」を連呼する奴は、たとえ強い妖だったとしても絶対に許さない。
「タケル、ありがとう。でも僕は気にしてないから。それにタケルが僕のことを好きでいてくれれば、誰に何を言われても平気だよ?」
そう言いながら俺を見る綺麗な顔にドキッとした。見慣れている顔なのに、そんなふうに優しい目をされたらどうしていいのかわからなくなる。
だから、いつもならちょっと抵抗してしまう銀の腕にも、おとなしく抱き寄せられてしまった。温かい感触が気持ちよくて、この温もりは絶対に失いたくないと強く思った。
そんな因縁のある青天狗が、なぜかまたやって来るのだという。半妖の妖狐である銀に、妖のトップみたいな青天狗が用事があるとは思えない。それに銀を見下しているのは前回の様子ではっきりわかった。
(……また馬鹿にしに来るとか?)
もしそうだとしたら、今度こそしっかり蹴りを食らわせてやる。……いや、蹴らないと言った手前、足は出さないようにしよう。何とか口で攻撃するしかない。
そう身構えていると、前回と同じようにベランダに青天狗の姿が現れた。そうして当然のように部屋の中に入ってくる。
「玄関から入れ」
ここは最上階の五階だ。それなのにベランダから入るなんて、誰かに見られて困るのは俺たちだ。そのせいでここに住めなくなったらどうしてくれるんだよ。
「空からのほうが早い」
偉そうに答える姿に、やっぱりムカっとした。そんな俺に気づいた銀が、「とりあえず座ろう?」とソファに促してくる。ムカつく顔を見たくなかった俺は、顔を逸らしたまま青天狗のはす向かいに座った。
「それで、何か頼みごとがあるんですよね……?」
銀のおそるおそるといった言葉に、青天狗が「あぁ」と偉そうに返事をする。その態度にもカチンときたが、それより銀に頼みごとがあるということに驚いた。
青天狗は銀を「半妖の狐」と呼んで馬鹿にしていた。それなのに頼みごとがあるなんて信じられない。どうせろくでもないことだろうと思っていると、急に背中がゾワリとした。
(なんだ……?)
久しぶりに感じた悪寒のような感覚にドキッとした。これは間違いなく何かが起きる前兆だ。
(どういうことだ……?)
この状態で銀が俺に何かしようとしているはずがない。ということは、青天狗が俺に何かしようとしているとか……? いや、それもあり得ない。
(もしかして、銀への頼みごとがとんでもない内容とか?)
しかし、それなら俺が悪寒を感じるのはおかしい。この悪寒は自分に対してよくないことが起きるときに反応するものであって、いくら俺が銀を大事に思っていても銀のことで反応することはない。
一体どういうことだと疑問に思いながら、チラッと青天狗を見た。
「おまえに半妖にしてほしい人間がいる」
「半妖に……? あの、僕が、ですか……?」
「そうだ」
言われた意味がわからないのか、銀は首を傾げていた。俺も意味がわからず、変なことを言い出した青天狗のイケメンすぎる顔をじっと見る。
「人間を半妖にできる妖力は、普通の妖にはない。それをおまえは持っているだろう?」
「ええと、僕が……?」
「そうだ。だからこうして、人間の嫁を手に入れたんだろうが」
急に指を刺されてドキッとした。
たしかに俺は銀の嫁になった。そのために契りを交わしたわけだし、何度もそういうことをしている。それでも俺はまだ半妖と呼ばれるような状態じゃない。
俺が銀と同じくらいの寿命になるためには、銀の精を受ける必要があることは聞いている。これまでそういうことをするたびに精を受けているが、まだ人間の寿命に近い段階のはずだ。
初めて契りを交わしたとき、俺は育ててくれた祖父母を看取るまでは人間のままでいたいと銀に頼んだ。寿命が延びても人間のままの生活はできる。見た目が変わるわけでもない。それでも完全に銀と同じ寿命になるのを拒んだのは、歳を取らなくなると聞いたからだ。
祖父母があとどのくらい生きられるかはわからない。もしかしたらそう長くないかもしれないし、案外長生きするかもしれない。もし後者だったとしたら、見た目がまったく変わらない俺に気づく可能性がある。そのことで心配をかけてしまうかもしれないと思ったら、まったく歳を取らなくなるのは困ると思った。
銀からは「それなりに僕の精を受けてるから、普通の人間より歳を取るのはゆっくりになってるよ?」と言われた。それでもいいんだと告げた俺に、銀は「わかった」と頷いてくれた。
青天狗は、そんな俺がもう半妖みたいになっていると思ったらしい。だから、こうして銀に頼みごとをしに来たってわけだ。
「あの、ちょっと待ってください。たしかにタケルは僕のお嫁さんだし、だから寿命を延ばして半妖みたいにしようとは思っていますけど……。でも、僕自身が半妖だし、そもそも人間を完全な半妖にできるような妖力は持っていません。それに、僕以外の妖狐だって人間の寿命を延ばすことはできます」
「本気で言っているのか?」
青天狗の赤い目が驚いたように見開かれた。それを見た銀も、同じように驚いた顔をしている。
「たしかに妖狐たちも伴侶の寿命を延ばすことはできるだろうが、半妖にはできない。しかし、その人間は間違いなく妖の気配を漂わせている。前回、そのことに気づいたから、こうして頼みに来たんだ」
「妖の気配……?」
「いくら強い妖でも人間を半妖にすることは不可能だ。伸ばせる寿命も、せいぜい数十年ほどでしかない。わたしでさえ百年も延ばすことは難しいだろう。しかし半妖となれば妖と同じだけ生きることができる。それをおまえはその人間に施している。違うか?」
青天狗の言葉に、銀の眉毛がぐぐっと寄った。俺だって驚いているし、そんなことができるなんて銀だって知らなかったに違いない。
「そもそも半妖は純粋な妖と違って、どんな妖力を持ってどんな存在になるのか誰にもわからない。そういう存在だというだけで、妖力がないということは決してないはずだが?」
「へ……? いやでも、子どものときから妖狐たちにそう言われてきたし……」
「得体が知れない半妖を遠ざけたくて、そう口にしたのだろう。もともと妖狐は人間と交わりやすいせいか半妖もよく生まれる。かつてはそうやって生まれた妖狐の力が暴走したこともあった。妖狐たちにとって半妖は、自分らを傷つける存在だと考えているんだろう」
「ということは……?」
「おまえには、普通の妖が持ち得ない“人間を半妖にする”という妖力がある。その力を貸してほしい」
青天狗の顔は真剣そのもので、銀を馬鹿にしているようには見えなかった。銀のほうもそれは感じているらしく、困った顔をしながらも何か考えている。
「……もし、本当に僕にそんな妖力があるとして、どうやって半妖にするのかわからないんですけど」
「おまえの嫁が半妖になった方法があるだろう?」
その言葉にドキッとしたのは俺のほうだった。俺を半妖のようにする方法は、契りを交わし、銀の精を体の中に受けることだ。それを、半妖にしたいという人間ともやれと青天狗は言っているのだ。
(銀が、俺以外とああいうことをする……?)
そう思った瞬間、目の前がカッと赤くなった。
「ふ、っざけんな! 銀を……、銀のことをなんだと思ってんだ!」
「人間を半妖にできる、優れた半妖の狐だと思っているが?」
だからどうしたと言わんばかりの青天狗の様子に、一気に頭に血が上った。
「銀のことを“半妖の狐”とか言うんじゃねぇ! 銀には“銀”っつー、立派な名前がある! それに……っ、それにっ……!」
銀が隣でオロオロしているのはわかったが、怒りの感情を止めることはできなかった。
「銀は、俺の婿だ! それを知らねぇ人間に貸したりできるわけねぇだろっ! あんな、……っ、あんなこと、ほかの誰ともやらせたりしねぇからなっ!」
立ち上がって青天狗の前に立った俺は、右手で思い切りイケメン顔をぶん殴ってやった。驚いたのか青天狗は避けることもせず、左の頬が少し赤くなっている。銀は俺の行動を予測して両手を伸ばしていたものの間に合わずに、驚きのあまり呆然としていた。
いけ好かないイケメンを殴っても俺の気は収まらず、殴った右手は小さく震えたままだった。殴られた青天狗は頬を押さえるでもなく、ただじっと俺を見ている。
「……少し尋ねるが、半妖にする方法はこの人間が激昂するほどのことなのか?」
「僕も承諾できない方法です。夫婦にとって、大切な営みですから」
「…………なるほど」
納得したらしい青天狗が、腕を組んで考え込んでいる。俺はまだ怒りが収まらずに青天狗の前で立ち尽くしていた。そんな俺の腕をそっと引いて座らせてくれたのは、先に落ち着いた銀だった。
「タケル、泣かないで。僕はタケルが嫌がることはしないし、タケル以外と契りを交わしたりは絶対にしないよ?」
「……ふ、ぅっ……」
「大丈夫。これでも僕はタケルのお婿さんだから、お嫁さんのことはどんなことからも守る」
「っ、ぎ、ん……っ」
銀の大きな胸にギュッと抱きしめられると、それまでこらえていた涙がボロボロとあふれ出した。銀がほかの誰かをこの腕に抱くかもしれないと思うだけで頭がぐちゃぐちゃになって、目の前が真っ赤になる。そんなことになったら、銀をその人間に取られてしまうんじゃないかと不安になった。そう思うだけで怖かった。
俺には銀しかいないし、銀以外はいらない。銀を奪おうとするなら、相手が妖でもなんでも絶対に許さない。
声を殺しながら泣いている俺の背中を、銀の手が優しく撫でてくれる。いつもならそれだけで落ち着けるのに、涙も気持ちも全然落ち着かなかった。
「……申し訳なかった」
背後から聞こえてきたのは、青天狗の詫びの言葉だった。驚いたらしい銀が小さく「青天狗?」と名前を呼んでいる。
「半妖にする具体的な方法までは知らなかった。そういうことなら、……頼むことはなかった」
「あの、どういうことですか?」
「…………半妖にしたい人間は、わたしが愛している人なんだ」
その言葉に驚いて、思わず泣き顔のまま振り返った。
前回会ったときの青天狗は、半妖の銀と同じように人間の俺のことも馬鹿にしているように感じた。「これが半妖の嫁になった人間か?」と蔑むように見られたのも覚えている。そんな青天狗が半妖にしてほしい人間が、まさか青天狗が好きになった人だなんて信じられなかった。
俺がじっと見ていると、青天狗が眉を寄せながらスッと視線を逸らした。一瞬しか見えなかったが、その顔は妖というより人間のように感じられた。
「おまえと嫁には、申し訳ないことをした。……あいつを半妖にする方法は、ほかに考えることにする」
そう言って俺たちを見た青天狗は、部屋に来たときのような澄ました顔に戻っている。しかし尊大な態度はなりをひそめ、何より真剣な声に青天狗の本気が少しだけわかった。
「あの、……僕の妖力なんですけど、本当に弱いわけではないんですか?」
銀の問いかけに、訝しみながらも青天狗が「間違いない」と答えた。
「わたしが見る限り、普通の妖狐と変わらない程度はある。いや……少し、異質なものも……、何か変わった気配は感じる。だが、弱いということはないはずだ」
「そう、ですか」
「今回のことは悪かった。どうか忘れてほしい」
考え込んでいる銀をよそに、もう一度謝った青天狗がベランダから出て行った。それを視線だけで見送った俺は、そっと銀の顔を覗き込んだ。
(……何考えてんだ?)
銀がこんなに難しい顔をしているのは初めて見た。きっと青天狗が話していた力が云々について考えているんだろう。まさか青天狗の好きな人を半妖にしてやろうなんて考えてはいないと思うが、ずっと難しい顔をしたままの銀の様子が気になった。
「銀……、どうかしたのか?」
「うん、ちょっとね。それより、落ち着いた?」
青天狗の頼みごとを聞くつもりなんだろうか……。一瞬そんなことを思ってしまった自分を慌てて否定した。
銀はそんなことは絶対にしない。俺が嫌がることはしないし、さっきもそう言ってくれた。だから大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「もう大丈夫だ。……あのさ、結局あいつのこと殴っちまった。約束破ってごめん」
そう言って頭を下げたら「タケルは悪くないでしょ?」と笑った。いつもの様子にホッとしながら、銀に促されて一緒にソファに座る。
「まさか青天狗があんなことを言い出すなんて、僕も思わなかった。そりゃあ驚いたけどね。……それより、タケルが僕のことをあんなふうに思ってくれてるなんて、そっちのほうが驚いた。それに、すごく嬉しかった」
「そりゃ、俺だって、……銀の、ぉ嫁さんなんだし」
さすがに面と向かって言うのは恥ずかしい。それでもちゃんと言っておきたくて、俯きながらそう告げる。
「うん、タケルは僕の可愛いお嫁さんだ」
優しい声が聞こえたと思ったら、ふわりと抱き寄せられた。いつもみたいにギュウギュウに強く抱きしめられているわけでもないのに、いつもより息苦しいくらいの幸せを感じる。
この温かな腕はこの先もずっと俺のものだ。青い目も銀色の毛も、妖狐の姿も人間の姿も、ずっと俺だけのものだ――そう思いながら、座っている銀の膝に乗り上げて形のいい唇にキスをした。
触れるだけのキスをしながら、いつも銀がするように服を脱がそうと手を動かす。しかし勝手が違う他人の服はそう簡単に脱がせられるものじゃなくて、シャツのボタンすら全部外すことができなかった。
焦れったくて我慢できなくなった俺は、自分のシャツのボタンを全部外して素肌を銀にくっつけた。それでも足りなくて、ズボンの前をくつろげてからもう一度ぴたりと体をくっつける。
そうして綺麗な銀の顔を両手で包んでから、形のいい唇に吸いついた。ピチャピチャと音を立ててキスをしながら、ドクドクと恥ずかしいくらい脈を打っているものを銀の腹に擦りつけた。
「んぁ」
「タケル、可愛い……」
唇が離れた隙にそうつぶやかれて、銀に擦りつけている腰がビクンと跳ねた。それは銀にも伝わったはずで、いまさらながら自分の行動が猛烈に恥ずかしくなる。それでも離れたくなくて、銀に抱きついて肩にギュッと額を押しつけた。
「ね、タケル、ベッドに行こう?」
銀の濡れたいやらしい声に、俺はただコクンと頷くことしかできないくらい興奮していた。
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