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由美を先に部屋に入れ、男は後ろ手で扉の鍵を閉めた。畳の部屋で奥に布団が敷かれたままになっている。掃除をしていないらしく、饐えた臭いが充満していた。
男は扉を閉めると足早に布団に戻り、横たわった。いかにもケガ人だといわんばかりに。
由美は手にしていたスマートフォンを足元に置くと横になる男の傍に正座した。
「ああ痛てえ。膝が痛くてたまんねえ。お嬢ちゃんよ、ちょっとここさすってくんねえか」
男が上半身を起こし、半パンから剥き出した膝をさする。
「さすったら治るんですか」
昼間から酒を飲んでいたらしく男の吐く酒臭い息に顔をしかめながら由美が訊ねる。
「どうだろな。治るかもしんねえし、治んねえかもしんねえ。お嬢ちゃん次第だよ。こっちのいうこときかないと、まとまる話もまとまんないよ」
今度は男のごつい手が由美の肩に回る。いやらしい手つきで半袖ブラウスの袖から手を入れ、肩を撫でまわす。男の要求を断れば和樹に不当な請求がいくということだろう。さてどうしようか。
「彼はお金がなくてアルバイトで生活費を稼いでるんです。事故で膝を痛めたのなら保険があるのでそれで病院に行ってください」
「お嬢ちゃん。あいつのせいで俺は膝を痛めて仕事ができねえんだよ。保険を使うなら使ってもらっていいけど、ひき逃げしてるわけだから、ちゃんと保険が下りるかな」
「ひき逃げ? 駐車場では大丈夫って話したんじゃないんですか」
「大丈夫とは言ったけどよ。ふつうならその場で警察に連絡するんじゃねえか。それを怠ったんだから逃げたのと同じだろ。立派な犯罪だよ」
「……立派な犯罪?」
「そう犯罪だ。ほらそんな抵抗するなって。あいつとやってんだろ。こういうこと」
男の指に力が入った。布団に引き摺り込まれそうになるのを由美は堪えた。
「とても計画的な犯罪ですね。もちろんあなたのことですけど」
「なんだとこら」
「ほんとは車にぶつかってないですよね」
「俺がうそをついてるとでも? 証拠はあんのか」
「ないです。でもぶつかったという証拠もないですよね」
「うるせえ。あいつは罪を認めてんだよ。金が払えねえなら、俺の言う通りのことをやってくれたらいいんだよ。でないと、あいつにもっと金を払わせるぞ」
「それって脅しですよね」
「はあ?」
「でもわかりました。あなたの言う通り、さすって差し上げます。あたし、マッサージとか得意なんです」
由美が上体をひねる。
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