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午前の大講義室には人がまばらに座っている。これから一コマ目の講義だ。
まだ朝が早い時間帯であったこともあり、潮田由美はテーブルに教科書と筆記具を並べて講義がはじまるまでスマートフォンでグルメサイトをチェックしていた。日替わりランチメニューの事前チェックだ。
「おはよう由美。早いじゃん」
教室に人の声が増えはじめたとき、よく通る男の声がした。振り返るまでもなく声の主がわかる。由美と同じ一年の山本和樹だ。
「おはよう、和樹くん。今日はちゃんと起きれたんだね」
「あたりまえだろ。俺だってやりゃできるんだよ」
「それふつうだけどね」
「そんなこと言うなよ。俺さ、由美がこの授業受けるから気合入れて来たんだぜ」
「声がでかいって」
周りの視線に由美は冷や冷やする。だが和樹は気にしていない。
「ああ、わりぃわりぃ」
和樹が茶色に染めた髪を掻き上げる。派手なシャツに紫のカーゴパンツという身なりは教室で浮いている。よくこの大学に入れたものだと由美はいつも不思議な思いで彼を見ている。
「なあ由美、授業終わったらメシ行こうや。バイト代が入ったんだ。おごってやるからさ。なんならそのままドライブにつれてってもいいぜ」
「ドライブはやめとく。和樹くんの運転、怖そうだし」
「いやいやいや。免許取ってもう五ヶ月経つんだぜ。運転歴はまだ一ヶ月だけど」
だから怖いっつうの。
「ありがと。でも午後からも講義あるし。てことで、ドライブはまた今度ね。ごはんだけいただきます」
由美は丁重にドライブだけ断る。
「オッケ。その日が来るまでに車を磨いとく。ん? その日が……くるま、でに、くるま……を。あ、いまのダジャレっぽかった? そういうつもりぜんぜんなかったんだけど」
めんどくさ。内心そう思いながらも由美は健気なフリを装い笑ってやる。ランチのために。
「きゃは。もう和樹くんってば、うまいこと言うんだから。あ、うまいことといえば、うまいランチにつれて行ってくれるってほんと?」
だれもうまいランチとは言っていないが、メシの話に強引に戻す。そもそもドライブはついでの話だったはず。
「もちろんさ。ランチいいね。いこいこっ」
「じゃあ本気でおなか減らしとくね」
よかった。由美はホッとする。
「いや、そんな無理すんな。ほどほどに減らしとけ」
和樹が目を白黒させる。
「冗談よ」
見た目はチャラく、軽口を叩く男だがお金のことになると案外せこい。なにか理由があるみたいだが、由美は彼が狼狽えるところが見たくてついこうしたことを言ってしまう。
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