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午前の講義が終わると二人は正門から大学通りに出た。通りには学生をターゲットにした飲食店が並んでいる。午後からも講義があるので歩いて行ける店にした。
お昼時だけあって歩道を歩く学生が多く目につく。街路樹から降り注ぐ蝉の声が耳にまとわりつく。汗が頬を伝った。
「ここにしよっ」
朝からランチメニューをチェックしていた由美はパスタ専門店をセレクトした。
「あ、ラッキー。ちょうど席が空いたよ」
目ざとく由美が見つける。うしろに立つ和樹を振り返ると、学生がぞろぞろと店の前に並びはじめるところだった。まさに滑り込みセーフ。
「好きなの選んでいいから」そう言って和樹がメニュー表を由美の前に差し出す。メニュー表の上に学生向けのランチメニューが載っていた。
「日替わりランチにする。セットでもいい?」
はじめから決めていたメニューだ。税込み五百円と和樹におごってもらうのに気兼ねがなく、セットにしても六百円。
「まかせとけって。バイト代が入ったんだから」
和樹はシャツの上から胸をポンと叩く。派手なシャツが揺れ、薄い胸板が強調される。
ランチメニューだけあって注文するとすぐにテーブルに出された。
「バンバン食ってちょうだい」
「けっこうボリュームあるね」
ランチのパスタはミートソーススパゲティとありきたりなメニューだがこの店の売りは量だった。学生向けだけあってとにかく麺の量が多い。和樹には内緒だが、大食いの由美にはもってこいのメニューだ。
由美も和樹もサークルには入らず、大学の講義に出る以外はバイトの日々を送っている。同じ学部で同じ講義を受けるとき、和樹が由美に話しかけてきた。見た目のチャラさ加減に由美は最初引いていたが、話してみると根はいい人だとわかり、それ以来授業のたび和樹は由美の隣に座っている。
「和樹くん、バイト忙しいよね。いまいくつ入ってるの?」
「みっつ。それでちゃんと講義は出てんだから、俺ってすげえだろ」
「和樹くんは出てるだけで、ほとんど寝てる」
「ままっ、そこはおいといて。由美がノート取ってるから」
「おごってもらったからなんもいえないけど」
「だろ。こういうの裏金っていうのかな」
和樹が屈託なく笑う。
「べつにわたしが採点するわけじゃないし。それに裏金じゃないよ」
「じゃ、わいろか」
いやそんなにこだわんなくても。由美は聞こえなかったことにして、
「いっぱいバイトして稼いで、なんかほしいものあるの?」話を変える。
「べつにほしいものなんてないよ。うち親父がいねえから。お袋の仕事ってそんなに給料よくねえし。そいで稼いでんの。生活費ね。学費は奨学金あるから」
あっけらかんとして和樹が答える。
「そうなんだ。えらいね、和樹くん」
「ぜんぜんえらくねえよ。仕方なくバイトして稼いでんだよ。いっぱい稼げば小遣いにもなるし」
見た目と違い、真面目な生き方をしている和樹を由美は優しい目で見つめた。
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