19人が本棚に入れています
本棚に追加
午後の最後の講義を終えると由美は和樹と並んで教室を出た。なんだかんだ一日和樹は由美の隣で講義を受けていた。といってもそのほとんどはイビキを掻いていたのだが。
「乗せて帰るよ」
「いいよ。和樹くんはバイトあるでしょ」
「バイトまで時間あるし、どうせいったん帰るから」
「じゃあお願い」
むげに断るのも悪いと思い、由美は軽く頭を下げる。
「コンビニに寄って帰ろう」
車を発進させるとすぐに和樹は言った。
「なに。お菓子でも買うの?」
「晩メシ。おにぎり買おうと思って」
「おにぎりぐらいなら、あたし作れるよ」
「まじ? やった! 由美のおにぎり食いてえ」
「あ、でもごはん炊いてなかったわ」
「ぬかよろこびさすな!」
和樹はハンドルを握って駄々っ子のように体を揺らす。そのままコンビニの駐車場に入った。
「じゃあコンビニのおにぎり買ってくる。由美のおにぎりはまた今度でいいから。電話くれたらいつでも取りに行く」
「そんな取りにこなくても大丈夫よ。さっそく明日、つくっていくから」
うっかり部屋に和樹をあげるわけにはいかない。部屋は脱ぎっぱなしの服や食べかけのスナック菓子やらで散らかっている。乙女らしく振舞っているだけにバレるとさすがに恥ずかしい。
「なに、それって愛妻弁当じゃん。もう俺、うれしくてオシッコでそう」
和樹が興奮気味に声を上げながらバック駐車する。とそのとき、ゴツンと重たい衝突音がした。
「あっ、やべ」
あせった和樹の声に由美が振り返る。
車の横に倒れ込む男がコンビニの照明に照らされていた。
「もしかしてぶつかった?」
由美の声が震える。すぐに救急車を呼ばなきゃと思った。
「とりあえず見てくる。ちょっと待ってて」
ドアを開けて出ていく和樹の背中がいつもと違い、動揺しているように見えた。
由美は車から降りるべきか悩んだ。助手席の窓ガラスを下ろす。
男は立ち上がり、おおげさな身振りで膝のあたりを押さえてわめいている。どうやらぶつけた箇所を訴えているようだ。それに対して和樹がなにやら話しているけどよく聞こえない。
「とりあえず話は済んだから」
しばらくして和樹が青い顔をして戻ってきた。
「あの人、病院に行かなくてもいいの?」
「ぶつかったっていう膝を見せてもらったけど血も出てないし、打ったところもわかんない感じだったから。もし痛みが出たらまた連絡してくるって。だから大丈夫。大丈夫だよ」
自分に言い聞かせるように和樹は大丈夫を繰り返した。
最初のコメントを投稿しよう!