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翌朝、約束どおり、由美はおにぎりをつくって持って講義に出た。だけど和樹はその日一度も見ることはなかった。
由美は和樹に電話をかけようとして連絡先を知らないことに気がついた。
大学に入って四ヶ月。講義で会えば横に並んで授業を聞くだけの関係だった。いまさら和樹のことをよく知らないことを思い知る。
昨日の事故のことが気になり、夕方の講義が終わると由美は彼がバイトをしていると話していたファミレスを覗いた。店に入ると学生風の店員が出てきた。由美は和樹に会いに来た旨を告げる。
「あいつ昨日から体調が悪いって休んでるよ。なんかあったのかな。すごく焦ってるみたいだったけど」
やっぱりなにかあったんだ。由美は胸にひっかかるものを感じた。
「あのう、和樹くんの住んでるところって教えてもらえますか」
「どういう関係なわけ? 個人情報だからあんま教えちゃヤバいんだけど」
「和樹くんに講義のノートを貸してるんです。まだ返してもらってなくて」
とっさにうそをつく。
「ああ、あいつ、なんかそういうとこありそう。試験近いし、ノートないと困るよね。ちょっと待ってて」
あっさり信じてくれた。それから彼が教えたことを内緒にしておくことを条件に和樹の住むアパートを教えてもらった。
アパートの場所はすぐにわかった。意外にも由美の住むアパートの近くだった。
「和樹くん、どうしたの」
和樹はアパートに引きこもっていた。あれから男から連絡があり、膝の痛みが出て仕事に行けなくなったらしく、その分の慰謝料を請求されたらしい。
「俺、もうだめだ。あいつに金払ったら大学なんて行けないよ。学校もう辞める」
「ちょっと、なに言ってるのよ。あたしが言って話をつけてきてあげる」
「だめだ。あいつは話なんてする気はない。さいしょからそれが狙いだったんだ」
和樹は男から金をゆすられている。あの男は当たり屋だったのだ。
混乱している彼は冷静に考えられないだろう。和樹が発する救難信号を由美はしっかり感じ取る。
毎回講義で寝るぐらい働いて稼いだお金をあんな男に渡すなんてあってはならない。由美は唇を噛み締めた。
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