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翌日の午後。由美は男と交渉するため、和樹と男のもとを訪ねた。
「ここみたいね」
由美がスマートフォンの地図アプリを開いて確認する。
「うん」
和樹が力なくうなずいた。
男は市内のはずれに住んでいた。二階建ての古いアパートで空室が目立った。入居者募集中の看板は朽ち、生活臭を感じないアパートだった。
外階段を上がり、廊下を進んだ先に男の部屋があった。錆びついた手摺りには鳥の糞がついていて由美は思わず顔をしかめた。
呼び鈴は壊れていた。ベニア板のような薄い扉をコツコツ叩くとわずかに扉を開き、男が顔を出した。
「ああ? だれ?」
扉の隙間から男が不審そうに由美を見る。
「山本和樹くんの同級生です。今日は和樹くんとお詫びにお邪魔しました」
元気よく由美が挨拶をする。そのうしろから和樹も顔を出す。
「すいませんでした。あ、あの、それで事故の件ですけど、保険で対応してもらおうと思って」
「話だと? まあ聞いてやってもいいけど。とりあえず、お嬢ちゃんだけ部屋に入ってもらおう。おい、おまえはもう帰れ。おまえとは話にならん」
男は由美に粘りつくような声をかけたあと、和樹に低い声ですごんだ。
「彼女は関係ありません。話は俺からします。いっしょにあげてください」
和樹は震える声で男に向かった。
「ガタガタ言うな。さっさと帰れ。さ、お嬢ちゃんはこっちね」
日に焼けた男の腕が伸びる。由美は抵抗せずにその腕に身をまかせた。和樹のためだ。いまは我慢。
「ゆ、由美。なんかされそうになったら大きな声で呼んでくれ」
背中のほうで和樹の不安そうな声が聞こえた。
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