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「ん?」
つぎの瞬間、ブンと風を切り、由美の固めた拳が男の脇腹に入った。
ぐはっ。完全に油断していた男は悶絶する。
「あら、お腹も痛いんですか。じゃあポンポンのほうもさすって差し上げます」
「ううう、な、なにを言って……」
ぐげっ。男が脇腹を押さえて由美のほうに体を折る。
「いやあ、そんなに近づかないでください」
はぐぅうう。
「ちょっと。あなたの口臭がきつすぎて頭がボーっとしてきました。あ、すいません。つい本音が出ちゃいました。まださすってほしいですか」
ごぼっ。鋭いパンチを繰り出す由美に男は口から泡を吹く。それでも由美の拳は止まらない。
「ま、待て。待ってくれ」
はぐぅう。さらに由美の拳が飛ぶ。彼女の拳は鋼のように硬い。幼いころから由美は父に鍛えられた。空手の有段者だった父は正義感が強かったせいで、若いころ不良グループを病院送りにした。そのたった一回の暴力事件で憧れていた警察官になることが叶わなかった。だから娘には警察官になってもらいたく、鍛錬を積ませていた。
「こんなにさすって差し上げてるんですから、そろそろ正直に話してもらえませんか。あなたはコンビニでわざと車にぶつかりましたよね?」
ぐえっ。
「さするの疲れてきたんですけど。まだ治りませんか」
ぐえっ。
「あたし、マッサージには自信があったんですけど、なんだか自信なくしそうです。もっと強く、さすったほうがいいですか」
「いや待て。もういい。わ、わかった。正直に話す。あいつの車にわざとぶつかった。だから、もう勘弁してくれ」
容赦のない由美の拳に男はついに白状する。
「二度と和樹には近づかないこと。当たり屋はもうしない。約束できますか」
ぐえっ。荒い息を吐く男にとどめの拳が入る。
「は、はひぃ。もう二度と近づきません。こ、これからは真面目に働きます。約束します」
「じゃあ、治ったみたいだし、そろそろあたし帰りますね」
由美はそう言うと床に置いたスマートフォンを拾い上げる。
「あら、こんなところにスマートフォンを置いたままでした。あららどうして。なんだか今の会話、録音してたみたい」
由美がスマートフォンを男に向ける。
男は腹を押さえたままがっくりとうなだれた。
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